日本地球惑星科学連合2021年大会

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[U-07] 日本の学術出版とオープンサイエンス、オープンデータ

2021年6月3日(木) 15:30 〜 17:00 Ch.01 (Zoom会場01)

コンビーナ:小田 啓邦(産業技術総合研究所地質情報研究部門)、川幡 穂高(東京大学 大気海洋研究所)、座長:小田 啓邦(産業技術総合研究所地質情報研究部門)、川幡 穂高(東京大学 大気海洋研究所)

16:45 〜 17:00

[U07-06] 学術コミュニケーションの規範:オープンサイエンスがもたらした変化

★招待講演

*宮入 暢子

キーワード:学術出版、学術コミュニケーション、オープンサイエンス

『オープンサイエンス革命』(1)の著者であるマイケル・ニールセンによれば、オープンサイエンスとは「あらゆる科学的知識を、発見の過程で実践可能な限り早く、オープンに共有すること」である(2)。この単純とも言えるステートメントは、オープンサイエンスの実践を目指す者にとって、甚だ曖昧で厄介なものである。科学的知識には出版物をはじめとして、データやAV資料、メソッド、ソフトウェアなどあらゆる形式のものが含まれ、共有方法がすでに確立したものもあれば、そもそも従来は共有の対象ではなかったものもある。また、実践可能な限り早く、という点も、共有する側の技術的な、あるいは組織的な事情によって判断が分かれるだろう。さらに、「オープンに」共有すると言っても、果たして単にパブリックなウェブ上に公開するだけで事足りるのか、あるいはそれ以上の手続きが必要なのか、ニールセンは言及していない。

欧州委員会が2014年に実施したパブリックヒアリングによれば、オープンサイエンスとは学術研究を取り巻くさまざまな運動の総称、あるいは実践であり、相互に作用する科学システムの変革を意味している。オープンサイエンスの重要な要素として、(1)デジタル技術がもたらした革新、(2)研究実践の変化とそれがもたらす研究システム全体への影響、(3)実践コミュニティとしての科学が共有すべきビジョン、の3点をあげている。このパブリックヒアリングは当初、「Science 2.0」について科学コミュニティのフィードバックを受けることが目的であったが、「オープンサイエンス」という呼称の方がふさわしいという意見が多数を占めた。(3)

学術コミュニティを社会的集団として捉えるならば、そこにはメンバーが多少なりとも共有する価値観があり、その価値に誘導されてメンバーの行為に影響を及ぼす社会規範が存在する。また、そのような規範はメンバーの行為に影響を及ぼすだけでなく、目的の選択やその実現手段をも支配することになる。学術出版、あるいはより広い意味での学術コミュニケーションは、そのような学術コミュニティ全体に課された社会規範による縛りを免れない。ニールセンの単純なステートメントに凝縮されるオープンサイエンスの価値観の実現には、伝統的な学術コミュニティの価値観や、そこで培われてきた慣習の改革が必要である。

いわゆるVoR (Version of Record、査読を経て出版された最終版)以外の成果物、例えばプレプリントや学会プレゼンテーションがオープンに共有される環境が整いつつある。科学的な妥当性があれば査読を簡略化し出版プロセスを早めるOAメガジャーナルは、従来型の査読付きジャーナルを凌駕する勢いで出版論文数を伸ばしている。ソーシャルメディアでの言及により読者のオンライン行動の数値化が可能となり、オルトメトリクスが普及した。こうした新しい様式の成果物や指標の誕生は、業績評価にも新たな視点をもたらしている。

本発表では、Science 2.0、あるいはオープンサイエンスという新しい価値観がもたらしたさまざまな変化について、特に学術コミュニケーションの規範という観点から考察する。


参考文献:

(1) Nielsen, Michael. オープンサイエンス革命 (Reinventing Discovery: The New Era of Networked Science). 高橋洋訳. 紀伊国屋書店, 2013, 400p.

(2) Gezelter, Dan. (2011, July 28). An informal definition of OpenScience | The OpenScience Project. Openscience.org. http://openscience.org/an-informal-definition-of-openscience/

(3) European Commission. (2015, February). Validation of the results of the public consultation on Science 2.0: Science in Transition. http:// ec.europa.eu/research/consultations/science-2.0/science_2_0_final_report.pdf