日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CC 雪氷学・寒冷環境

[A-CC29] アイスコアと古環境モデリング

2022年5月26日(木) 10:45 〜 12:15 301B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:川村 賢二(情報・システム研究機構 国立極地研究所)、コンビーナ:竹内 望(千葉大学)、阿部 彩子(東京大学大気海洋研究所)、コンビーナ:植村 立(名古屋大学 環境学研究科)、座長:阿部 彩子(東京大学大気海洋研究所)、川村 賢二(情報・システム研究機構 国立極地研究所)

10:45 〜 11:00

[ACC29-07] アイスコアの密度・3次元空隙構造・結晶主軸方位分布計測法としての誘電テンソル法の改良:高空間分解能計測の実現とそのインパクト

*藤田 秀二1,2猿谷 友孝1井上 崚2 (1.大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所、2.総合研究大学院大学 極域科学専攻)

キーワード:アイスコア、誘電率、密度

アイスコアのもつ物理特性の重要な項目のなかには、(1)雪から氷に変わる圧密過程や、(2)その際に空隙と氷のなす3次元構造の発達過程がある。また、多結晶氷の変形のしやすさの指標には(3)結晶主軸方位分布(Crystal Orientation Fabrics)がある。これら3項目は、ミリ波帯電磁波の開放型共振器を用いた「誘電テンソル計測法(略称DTM法: Dielectric Tensor Method)」によって「非破壊・高分解能(~15mm径)・連続・高速・安全」の5つの優位性の高い特徴をもって効率的に計測することが可能である。筆者らは、これまで誘電テンソル計測法を用いたアイスコア解析の手法を開発してきた(参考文献参照)。今回、共振器の新デザインとミリ波信号の高出力化によって、70mm厚程度におよぶ厚片試料を約15mm径で計測できるシステムを確立した。さらに、この確立により、アイスコアの主要な分析手法である「連続化学分析法:Continuous Flow Analysis(CFA)」のために用いる試料と被測定試料の完全な共通化を実現した。この計測手法「誘電テンソル計測法」を用いる場合と、従来法に依存した場合の計測の状況の差を述べる。

(1) 密度計測
誘電テンソル法では、誘電率をなかだちとして、試料の密度を導出できる。アイスコアの非破壊連続密度計測には、ガンマ線やX線の放射線をアイスコアに透過させ、放射線の透過時の減衰からアイスコアの密度を導出する手法がある。しかし、低出力の放射線源を用いる場合には計測所要時間が日単位まで大きくなるし、計測の高速化をはかる場合には高出力の放射線を用いることになり厳重な管理が必要になる。誘電テンソル法のような5条件が満たされることは無い。

(2)3次元空隙構造の異方性
誘電テンソル法では、電磁波のもつ電気力線とフィルンの幾何構造(氷と空隙のなす幾何的な分布)の方向性との相互作用から、誘電率の方向依存性をとらえることができる。誘電率の方向依存性に基づいて氷と空隙の3次元的な伸長構造の発達度を導出可能である。フィルンの幾何構造の解析にはX線CTも活用されているが、高分解能ではあるものの、非破壊・連続・高速の計測にすることは困難である。

(3) 結晶主軸方位分布
誘電テンソル法では、氷多結晶を構成する結晶粒のもつC軸方位の角度に依存して多結晶のマクロ的な誘電率が決まる性質を利用する。結晶主軸方位分布がなすC軸の集中度としてテンソルの主軸直交3成分の値を決定可能である。結晶主軸方位分布計測の手法としては、氷多結晶の薄片を交差偏光板で観察して個々の結晶粒の方位を光学的に求め、その統計からテンソルの主軸直交3成分の値を求める方法がある。誘電テンソル法での計測は、アイスコアのバルクとして計測する点で統計有意性が高いほか、冒頭に書いた5条件の点で優位性が高い。

 このように、誘電テンソル法は、アイスコアの基本的な物理情報を、従来法と比較して極めて効率的に計測できる。そのうえ、被測定試料をCFA計測と完全に共通化できる。その結果、試料整形などの準備作業を大幅に抑制できることになる。CFA計測ではアイスコアの含有化学成分、水の安定同位体比、固体微粒子やガス成分を高分解能で連続に計測する手法である。誘電テンソル計測と試料を共通化することで、限られたアイスコアからより多くのシグナル情報を取り出し、情報価値を相乗的に高めることが可能である。誘電テンソル法は、今後のアイスコア研究の際には標準・ルーチン手法としての位置づけが可能である。今回の手法の革新によって、将来に掘削するアイスコアに対し、高分解能のシグナルを迅速に取得できる。さらには、極地氷床や氷河の物理構造の解明を促進できる。

参考論文
Fujita, S. 他6名: Densification of layered firn of the ice sheet at NEEM, Greenland, J. Glaciol., 60(223), 905–921, https://doi.org/10.3189/2014JoG14J006., 2014.
Fujita, S. 他7名: Densification of layered firn in the ice sheet at Dome Fuji, Antarctica, J. Glaciol., 62(231), 103–123, https://doi.org/10.1017/jog.2016.16, 2016.
Saruya, T., Fujita, S., and Inoue, R.: Dielectric anisotropy as indicator of crystal orientation fabric in Dome Fuji ice core: method and initial results, J. Glaciol., 1–12, https://doi.org/10.1017/jog.2021.73, 2022.
Saruya, T. 他8名: Development of crystal orientation fabric in the Dome Fuji ice core in East Antarctica: implications for the deformation regime in ice sheets, The Cryosphere Discuss. [preprint], https://doi.org/10.5194/tc-2021-336, in review, 2021.