日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[E] 口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT03] 生物鉱化作用(バイオミネラリゼーション)と古環境プロキシー

2022年5月25日(水) 15:30 〜 17:00 303 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:豊福 高志(国立研究開発法人海洋研究開発機構)、コンビーナ:北里 洋(国立大学法人東京海洋大学)、Bijma Jelle(アルフレッドウェゲナー極域海洋研究所)、コンビーナ:廣瀬 孝太郎(早稲田大学  大学院創造理工学研究科 地球・環境資源理工学専攻)、座長:豊福 高志(国立研究開発法人海洋研究開発機構)、廣瀬 孝太郎(早稲田大学  大学院創造理工学研究科 地球・環境資源理工学専攻)、北里 洋(国立大学法人東京海洋大学)、Bijma Jelle(アルフレッドウェゲナー極域海洋研究所)

16:23 〜 16:38

[BPT03-04] 北海道苫前地域の蝦夷層群羽幌川層における花粉・胞子化石とバイオマーカー分析に基づく後期白亜紀の古植生復元

*早川 万穂1池田 雅志1沢田 健2高嶋 礼詩3西 弘嗣4中村 英人2 (1.北海道大学理学院自然史科学専攻、2.北海道大学大学院理学研究院地球惑星科学部門、3.東北大学学術資源研究公開センター 東北大学総合学術博物館、4.福井県立大学 恐竜学研究所)


キーワード:古植生、被子植物、裸子植物、有機質微化石、北東アジア、蝦夷層群

[はじめに] 中生代中期に出現した被子植物が急激に多様化した後期白亜紀は、シダ植物と裸子植物を主体とする中生代型の植生から被子植物を主体とする新生代型の植生への移行期にあたり、陸上生態系の進化史において非常に重要な時代であった。花粉分析は花粉・胞子化石の群集組成から後背地の植生を復元することで陸上の古環境・古気候復元の有力なツールとなるが、そのような応用は主に第四紀の研究例が多い (栗田ら, 1997)。白亜系試料における花粉・胞子化石の研究は、記載分類や生物地理学的な検討に基づく生層序学的な応用を中心に進められてきたが (Nichols, 2003)、絶滅分類群の生態の理解に基づき、科レベルの植物分類群を生育環境の特徴と関連付けることで、花粉化石の群集組成比から古植生や陸域古環境を復元する研究が試みられている(Carvalho et al., 2019; Kujau et al., 2013)。また、花粉・胞子化石群衆組成は生産量や飛散・浮動距離の違い、堆積過程における分別の影響によるバイアスなども被っていると考えられ (栗田ら, 1997)、堆積環境の情報や他の古植生指標を組み合わせて古植生を解釈することが望ましい (Creal et al., 2021)。ところが、複数の古植生プロキシを直接対比して古植生復元を行った研究は少なく、白亜紀の海洋堆積物ではほぼ皆無である。本研究では、北海道蝦夷層群の前弧海盆堆積物からアジア大陸北東部における後期白亜紀の長時間スケールの陸域古植生変動を復元することを目的として、堆積岩の花粉組成・ケロジェン組成・バイオマーカー組成を分析した。ケロジェン組成とバイオマーカー指標に基づき堆積環境を推定し、得られた花粉・胞子群集とバイオマーカー古植生指標の両者から後背地の古植生を復元した。
[試料と方法] Takashima et al. (2019) で採取された北海道苫前地域古丹別川沿いに分布する上部白亜系蝦夷層群羽幌川層のTuronian–Santonian 期の泥岩に、ビジュアルケロジェン分析、花粉分析、バイオマーカー分析を実施した。ビジュアルケロジェン分析では、酸処理により抽出した不溶性有機物 (ケロジェン) の蛍光顕微鏡観察により、ケロジェンを構成する有機物の組成比を求めた。花粉・胞子化石の鑑定はTakahashi (1988), Takahashi and Sugiyama (1991) などを参考に行った。バイオマーカー分析はGC-MSによって実施した。
[結果と考察] ビジュアルケロジェン分析の結果、全層準で木片を主とする植物由来の有機物と海生藻類由来の不定形有機物が卓越し、陸起源有機物の寄与が下位から上位にかけて増加傾向にあった。花粉分析の結果、シダ植物胞子、ヒノキ科・ナンヨウスギ科・ケイロレピディア科・マツ科・マキ科・マオウ科・ソテツ科・シダ種子植物の花粉が見られた。全層準で裸子植物花粉が多産し群集組成比の68~80%を占め、ヒノキ科・マツ科の産出頻度が高く、ナンヨウスギ科・ソテツ科・シダ種子植物花粉の割合は小さかった。被子植物花粉の産出は少なかった(0~19 %)。この傾向を他の地域の代表的な花粉・胞子組成と比較すると、本研究を含む東アジア地域ではマツ科・ヒノキ科花粉が卓越するのに対し、大西洋・テチス海周辺では乾生植物であるケイロレピディア科・マオウ科花粉の生産量がより大きい傾向があった。蝦夷層群の後背地ではこの期間比較的湿潤な環境で針葉樹の森林が広がっていたと推測した。分析した層準間で岩相やバイオマーカー組成から推定される堆積環境に大きな変化がなく、ケロジェン中の陸源有機物の寄与の変動と花粉・胞子化石組成の変動傾向も対応しなかった。したがって、層準間の花粉・胞子化石群集の変動は主に後背地の植生の変化によるものであり、陸源有機物の輸送過程の変化の影響は小さかったと推定した。バイオマーカー古植生指標HPP (Higher Plant Palameter; van Aarssen et al., 2000) およびar-AGI (aromatic Angiosperm/Gymnosperm Index; Nakamura et al., 2010) を花粉・胞子組成と比較した。針葉樹由来類の寄与を示すHPPと針葉樹花粉の出現頻度はともに全層準で高い値を示し、両プロキシで針葉樹が卓越する後背地の植生が示唆された。一方で、被子植物・裸子植物由来成分に占める被子植物由来成分の割合を示すar-AGIは対応する被子植物・針葉樹植物花粉比より顕著に大きい値を示した。被子植物は針葉樹と比較して花粉生産量が小さかった可能性(生産量のバイアス)や、被子植物成分は葉、裸子植物成分は木質部に偏在することによる有機堆積学的な運搬のバイアスにより、遠洋堆積物ではバイオマーカー組成で相対的に被子植物植生が大きく評価された可能性がある。Santonian前期の試料では両プロキシともに被子植物植生の寄与が全層準で最小となった。このことは、北半球の中緯度地域で世界的に見られる被子植物の多様性の一時的な減少 (Crane and Lidgard, 1989) が、蝦夷層群の後背地でも被子植物の寄与の現象として捉えられたものと考えられる。このように、指標により程度の差はあるものの、後期白亜紀の前弧海盆堆積物における花粉・胞子化石組成とバイオマーカー組成は共に後背地の古植生の全体的な傾向を反映し、大規模な植生変動を記録していることが示された。