日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 G (教育・アウトリーチ) » 教育・アウトリーチ

[G-03] 小・中・高等学校,大学の地球惑星科学教育

2022年5月22日(日) 15:30 〜 17:00 301B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:畠山 正恒(聖光学院中学高等学校)、コンビーナ:丹羽 淑博(東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センター)、座長:畠山 正恒(聖光学院中学高等学校)、丹羽 淑博(東京大学大学院教育学研究科附属海洋教育センター)

16:30 〜 16:45

[G03-11] 「すべらない砂甲子園」:シチズンサイエンス型の地球科学教育プログラムの実施

*谷川 亘1濱田 洋平1廣瀬 丈洋1岡崎 啓史1、高橋 新1、沖吉 由妃1、松村 嘉保1有本 岳史1公文 富士夫2 (1.国立研究開発法人海洋研究開発機構高知コア研究所、2.高知大学)

キーワード:アウトリーチ、摩擦、砂、シチズンサイエンス

2021年の夏から冬にかけて、JAMSTEC50周年記念行事の一環として「すべらない砂甲子園」を実施した(https://www.jamstec.go.jp/50th/suberanai/)。この企画は、一般公募した「砂」の中から「日本一すべらない砂」、つまり日本一摩擦抵抗の高い砂を決定する企画である。砂の応募に際しては、試合方法と最低限の砂の応募条件(無毒・採取過程が自明)の提示だけおこない、身の周りにあるさまざまな砂の中から一番すべらない特性を持つと考えられる砂を選定する作業は応募者当人に委ねることにした。自然砂の中でどのような砂の摩擦抵抗が一番高くなるのかを詳細に研究した例はなく、日本一、もしくは世界一摩擦抵抗が高い砂を探しだそうとする企画自体が初の試みと考えられる。そのため、一般市民が一番すべらない砂を見つけ出そうとする工程は、市民がデータ収集などで科学研究に参加する「シチズンサイエンス」に直結したものと言い換えることができる。
本企画は「甲子園」と銘を打ち、各都道府県から代表砂を選定して、一対一での「対戦形式」かつ「勝ち抜きトーナメント戦」により一番すべらない砂を決定する方法を採用した。応募した砂の中から一番大きい摩擦係数を示す砂を見つけるだけなら、一砂ずつ摩擦係数を測定すれば良いという指摘がある。しかし、わざわざ対戦形式を採用した理由は2つある。一つは、粉末物質の摩擦係数は静止摩擦係数と動摩擦係数の違いはもとより、すべり速度、すべり量によって大きく変化することから、相対的な大小の評価が難しい岩石物性であることが挙げられる。もう一つは、評価方法を「対戦形式」とすることで、フォーマルな摩擦実験をカジュアルなエンターテイメントに昇華させることを狙ったことが挙げられる。さらに、各都道府県の特色が出た代表砂を選出することで多種多様な砂の対戦が期待できる。
試合は回転式摩擦試験装置を用いた粉末物質の摩擦実験手法をベースとして、本企画用に新たにアレンジした(図1)。粒径1mm以下に砕いた2gの砂粒子を3つ縦に並べた金属製の模擬岩石(直径25mm)の間に挟む。4MPaの垂直荷重をかけた状態で、一定トルク増加速度で模擬岩石を回転せん断させる。あるトルク(せん断応力)に達した時点でどちらかの砂がすべり出すが、先に90度(1/4回転)回転した側の砂が負けとなる。
応募者以外にも本企画に参画してもらえるようにYouTube番組として週1回(全28回)動画配信を行った。各回10分から30分の動画で2~3試合の紹介を行ったほか、試合に出場する砂の紹介、試合の実況、試合後の講評、という構成で番組を制作した。砂の地質学的な背景と測定した砂の物性(密度、粒径分布、構成鉱物)を踏まえた研究者による実況解説により、試合内容に科学的な付加価値を与えた。さらに、高知コアセンターの実験室、コア保管庫、ジオパーク(室戸世界ジオパーク)、博物館(佐川町立佐川地質館)などで実況解説を行うことや、高知県内のユニークな露頭の紹介を行うことで、研究現場や地質学的な自然現象の臨場感を伝える工夫をした。
応募された砂の特徴として、鉄などの金属類を多く含む砂(砂鉄など)、硬度の高い鉱物(ガーネットなど)が含まれた砂が多かったことが挙げられる。しかし、そのような砂の中で優勝したのはかき殻を焼いて粉砕して製作された砂「若狭かき殻石灰砂」であった。全体的な傾向として、炭酸塩鉱物を含む砂の摩擦が高く、砂鉄や石英砂(鳴き砂)などの摩擦が高いイメージを持つ砂の摩擦が低いことがわかった。また、途中まですべっていた砂が急に止まり、もう一方の砂が動き出すという逆転劇を見せる試合もあった。
優勝した「若狭かき殻石灰砂」を選定した理由を応募者に聞いたところ、ホタテの貝殻を砕いた砂が道路で滑らないようにする撒き砂として使用されているという情報を知っていたということであった。このように、選定した砂の理由を整理することにより、摩擦という物理現象に対して一般市民の持つ認識・知識、およびその認識を得た過程を評価することができる。このような分析は科学リテラシーの向上へとつながると考えられる。
本企画の最終目標は、「若狭かき殻石灰砂」が優勝した理由や他の砂が負けてしまった理由を応募者と共に科学的に明らかにすることで、「シチズンサイエンス」を推進することである。この企画を通じて砂の摩擦に関する様々な特性を知ることができた。本企画で得られたデータをオープンに公開していくことで、今後学術面以外の産業や教育面においてデータの活用が期待できる。普段から地球科学に関わりをもつ学生や団体からの本企画への参画が多く、参加者の特徴に偏りがあった。「シチズンサイエンス」において収集するデータに多様性や無作為性を求める場合(それが新たな発見につながる可能性がある)、企画・研究内容に興味のない市民にいかに興味を持って参画してもらうかということが今後の課題である。