日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS10] 津波とその予測

2022年5月25日(水) 10:45 〜 12:15 202 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:室谷 智子(国立科学博物館)、コンビーナ:対馬 弘晃(気象庁気象研究所)、座長:近貞 直孝(防災科学技術研究所)、対馬 弘晃(気象庁気象研究所)

11:00 〜 11:15

[HDS10-02] 稠密海底水圧観測が津波の波源・伝播の再現に与える効果:2016年11月22日福島県沖の地震の事例解析

*対馬 弘晃1林 豊1山本 剛靖1 (1.気象庁気象研究所)

キーワード:津波、津波波源、津波伝播、津波減衰

背景と目的
 2011年東日本大震災を契機に,日本海溝沿いの広域に稠密な海底地震津波観測網S-netが設置された(Aoi et al., 2020, EPS).この観測網の稼働開始後,2016年11月22日にMw 6.9の福島県沖の地震が発生し,それに伴う津波が多数の水圧計で観測された.この津波の波源や伝播の特性は,多くの研究によって調査されてきた(たとえば,Gusman et al., 2017, Pageoph).Kubota et al. (2021, JGR)は,S-net水圧波形を用いて波源を推定し,沿岸検潮所の観測津波波形を用いた場合よりも断層モデルを拘束しうること,沿岸海域の観測津波波形を再現できることを示した.本研究では,この研究を発展させて,沖合と沿岸の波形データそれぞれを共通の手法で解析し,沖合波形が沿岸波形よりもどのくらい初期水位分布の推定に効果的であるかを調べた.また,沖合波形から求めた波源と高解像度の地形データを用いた津波伝播数値計算によって,沿岸検潮所での津波の後続波や減衰をどのくらい再現しうるかを調べた.

データ
 沖合観測点としては,波源に比較的近いS-net水圧計36点とGPS波浪計1点,また,沿岸観測点としては,岩手県〜茨城県の太平洋沿岸の波浪計9点と潮位計11点を用いた.これらの観測波形から潮汐成分や短周期成分を除去し,津波成分を抽出した.ただし,地震時のS-net水圧波形には,地殻変動や津波とは無関係と解釈されるステップやドリフトが含まれており(Kubota et al., 2021, JGR),前述の処理では除去が困難である.この地震時ノイズを低減する手法はいくつか提案されている(Kubota et al., 2018, GJI; Tsushima and Yamamoto, 2020, JpGU-AGU).本研究では,津波波形逆解析に用いる津波第一波を含む地震後1時間の波形に限定すれば,地震時ノイズは概ね直線トレンドとみなしうる点に着目し,直線トレンド除去によって地震時ノイズを低減した.

解析手法
 ベイズ推論に則った線形の逆解析(Yabuki and Matsu'ura, 1992, GJI)によって,観測された津波波形の第一波部分から津波波源分布(初期水位分布)を推定し,その分布を初期値として,非線形長波理論に基づく津波伝播数値計算を行い,沿岸津波波形を算出した.また,逆解析で求まる波源モデルの誤差分散共分散行列から,波源モデルのアンサンブルメンバーを多数サンプリングし,各メンバーについての非線形津波計算を行って,計算波形の不確実性も求めた(高川・富田,2015,海工集).津波数値計算にはJAGURS(Baba et al., 2015, Pageoph)を用いた.地形データとしては中央防災会議(2003)を用い,沿岸観測点付近の計算格子の解像度は50 mとした.津波減衰過程も評価対象に含められるよう,積分時間は15時間とした.

結果と考察
 沖合津波波形と沿岸津波波形それぞれから推定した波源モデルを比較したところ,モデル推定誤差及び解像度,津波伝播における線形近似の妥当性の観点で,沖合津波波形の活用が波源推定の改善につながることを示す結果が得られた.ここでは,線形近似の妥当性について述べる.両波源モデルは,北東―南西方向に偏長した主たる沈降域を持つという特徴は共通するが,沿岸波形から求めた波源ではその南と北西にも沈降域が及ぶ.両モデルに差が生じた原因を探るため,数値合成した模擬観測データを用いた双子実験を行った.その結果,一部の沿岸観測点の津波第一波波形には非線形性が強く効いており,それらを線形逆解析に用いたことに起因して,沿岸波形から求めた波源には偽像が含まれる可能性があることがわかった.
 沖合波形から求めた波源モデルを用いて非線形津波計算を行い,沿岸波形の第一波,最大波(地震発生後4時間程度),減衰(15時間程度)の再現精度を調べた.第一波については,逆解析に用いていないにもかかわらず,沿岸の観測波形が再現された.最大波については,福島県沿岸からの反射波に伴う顕著な後続波を含めてほとんどの観測点で概ね再現されたが,最大波である後続相を再現できない観測点もあった(鹿島港など).減衰過程については,二乗平均平方根振幅の時間変化の傾向を良好に再現できる観測点(鮎川など)とそうではない観測点(仙台港など)が混在した.いくつかの沿岸観測点での後続波や減衰の再現が不十分なことについて,稠密沖合観測により波源特性を拘束できていることと,観測波形と計算波形の差は波源推定に起因する不確実性を超えていることを踏まえると,地形や摩擦パラメータをはじめとする伝播過程の再現方法に改善の余地があることを示すと考えられる.

謝辞:本研究の一部はJSPS科研費 JP19H02409の助成を受けた.