日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS11] 湿潤変動帯の地質災害とその前兆

2022年5月23日(月) 13:45 〜 15:15 201B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:小嶋 智(岐阜大学工学部社会基盤工学科)、コンビーナ:内田 太郎(筑波大学)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、座長:苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、内田 太郎(筑波大学)、小嶋 智(岐阜大学工学部社会基盤工学科)

14:15 〜 14:30

[HDS11-03] テフロクロノロジーに基づく長野・新潟県境関田山地の主稜線に存在する線状凹地の形成年代

*渡辺 樹1石村 大輔1佐藤 潤一1中村 義也2鈴木 毅彦1 (1.東京都立大学大学院 都市環境科学研究科 地理環境学域、2.東京都立大学 都市環境学部 地理環境学科)


キーワード:テフロクロノロジー、山体重力変形、関田山地

はじめに
山体重力変形地形は,深層崩壊の前兆現象として注目されている(Chigira et al., 2013など).一方,小嶋(2018)は,紀伊半島において長期間の堆積物で埋積された山体重力変形地形が認められたため,このような地形は近い将来の崩壊を示唆するとは言えないとした.深層崩壊の前兆として山体重力変形地形を評価するために,形成年代に関する情報を蓄積し,長期間存続する山体重力変形地形がいつ,どのように形成され,将来的にどのように変化するのかを理解することは重要であると考える.長野県と新潟県の県境に位置する関田山地の稜線部には,約20 kmに渡って山体重力変形によると考えられる線状凹地や山向き低崖が断続的に発達する.特に,野々海峠,関田峠,平丸峠付近は大規模な線状凹地が発達し,湿原や池が形成されており,山体重力変形地形と考えられている(八木・井口, 2017など).更に,花粉分析を目的とした関口ほか(2003)は広域テフラDKP(ca. 60 ka, Albert et al., 2018)を野々海湿原で報告しており,形成年代が60 ka以前に遡ることが推定される.加えて,関田山地の西方50 km以内には早津(2008)や野尻湖火山灰グループ(1993)等によってテフラ層序が構築されている妙高火山群が存在し,当地域にも降灰が想定される.テフロクロノロジーを用いることで,放射性炭素年代測定の適用可能年代を遡るような年代推定が可能となる.そこで本研究では,テフロクロノロジーに基づき関田山地の主稜線に存在する線状凹地の形成年代を明らかにすることを目的とした.本発表では,野々海湿原が日本国内の線状凹地の中でも非常に古い形成年代を持つことがわかったため,その結果を報告する.
手法
空中写真を用いて地形判読を行い,線状凹地や山向き小崖,滑落崖などの地形を地図上に示した.また,可搬型パーカッションコアリングシステム(PPCS;金田ほか,2018)と差し込み式ハンドオーガー(HA)を用いて,野々海湿原および茶屋池湿原で掘削を行った.採取したコア試料に対して,記載と写真撮影を実施し,テフラ層については鉱物組成,屈折率測定,火山ガラスの主成分化学組成分析を実施して対比を行った.テフラ層の年代は,Albert et al. (2018),早津(2008),鈴木(2001),Okuno et al. (2011)による.
結果・考察
野々海峠付近には,標高1,050–1,130 mに緩斜面が存在する.この緩斜面には西北西—東南東走向の数条の山向き小崖が認められ,緩斜面の中心に小崖と並行する野々海湿原や野々海池(地形を利用した人造湖)が存在する.また,北方には複数の滑落崖が認められる.この湿原で得たNNM-P1コアはPPCSで6 m掘削したのち,同じ掘削孔で更にHAで1 m掘削し,コア長7 mとなった.ただし,埋積する堆積物の基底には達しなかった.全体的に有機質に富み,シルトから細粒砂の堆積物から構成されている.テフラ層は,深度58 cm付近にAT(ca. 30 ka),深度276–279 cmにDKP,深度610–620 cmに飯縄上樽テフラ群(Iz-Kt,MIS6)を見出した.
関田峠付近には,標高1,100–1,150 mに緩斜面が存在する.この緩斜面には北東—南西走向の複数の山向き小崖が存在し,並行した線状凹地群が形成されている(八木・井口, 2017).対象とした茶屋池湿原は緩斜面中心部の線状凹地にある.また,西側には地すべり地形があり,さらにこの地すべり体に対して,茶屋池湿原を限る小崖の延長が変位を与えている.茶屋池湿原で得たCYI-P1コアは,PPCSで5 m掘削したのち,同じ掘削孔で更にHAで1 m掘削し,コア長6 mとなった.ただし,埋積する堆積物の基底には達しなかった.CYI-P1コアの上部2 mは有機質な泥炭層,深度200–280 cmは無機質な灰色~青灰色のシルト層,それ以下は小礫を含む紫がかったシルト層であった.テフラ層は,深度25–27 cmには新潟焼山高谷池火山灰層グループc(Yk-KGc,11世紀),深度133 cmには妙高大田切川テフラ(My-Ot,5 ka)または妙高赤倉テフラ(My-A,6 ka)を見出した.深度170–180 cmにはK-Ah(ca.7.3 ka)の火山ガラスが散在し,深度200 cm付近には浅間草津テフラ(As-K,17 ka)が認められた.深度240 cm付近のシルト層中にはATが確認された.
NNM-P1,CYI-P1コアは埋積する堆積物の基底に達しなかったが,テフロクロノロジーに基づいて,茶屋池湿原は30 ka,野々海湿原は130 ka以前より,これらの線状凹地が存続していることが推定された.特に野々海湿原は,埼玉県地質図編纂委員会(1999)やMashiko et al. (2020)が報告した関東山地三峰地域に次いで,日本国内における古い線状凹地の形成年代を示した.一方で,関田山地には比較的新鮮な崩壊地形が多く認められることから,古くから存続する山体重力変形地形と深層崩壊の関係を検討していく必要がある.