日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS24] 冷湧水・泥火山・熱水の生物地球科学

2022年5月24日(火) 10:45 〜 12:15 304 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:宮嶋 佑典(産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループ)、コンビーナ:井尻 暁(神戸大学)、土岐 知弘(琉球大学理学部)、コンビーナ:ジェンキンズ ロバート(金沢大学理工研究域地球社会基盤学系)、座長:宮嶋 佑典(産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループ)、ジェンキンズ ロバート(金沢大学理工研究域地球社会基盤学系)

10:45 〜 11:00

[MIS24-01] 冷湧水・泥火山・熱水の地球化学

*土岐 知弘1 (1.琉球大学理学部)

キーワード:冷湧水、泥火山、熱水、地球化学

熱水も,冷湧水も,泥火山も,深海底の流体噴出現象の一形態であるが,マグマが関与しているか否かで,熱水とその他の現象は大きく分けることができる。冷湧水と泥火山は,勢いの違いだけで,大量のガスが関与していて,爆発的に噴き出しているものを泥火山(あるいはポックマーク;地形による)と呼んでおり,しみじみとしみ出しているものを冷湧水と呼んでいる。これらの現象は,いずれも海底面に化学合成生物群集が群れがちで,熱水そのものや表層の硫酸還元反応を素にして,硫化水素やメタンが高濃度で供給されているからである。今回,3つの現象がセッション名に掲げられたことを機に,これら3つの現象の地球化学的な研究を概観したいと思う。
熱水の地球化学は,まずマグネシウム(Mg)濃度に対するそれ以外の元素や化学種の濃度の相関を見て,端成分を取るところから始まる(Mgプロット,あるいはMgダイアグラム)。それをしなければ,海水の混合比率だけで濃度が変わるために,純粋な熱水成分の比較ができないからである。このことは,純粋な熱水には,Mgがほとんど含まれていないという発見当初から見つかっていた事実と,実験室における煮込み実験による裏づけに基づいている。そして,海水のMg濃度もほとんど全海域において一定であることも手伝って,Mgプロットを取ることによって,海水と異なるMgの低い何らかの成分に直線的に引っ張られている相関が得られたときは,y切片を取ることによって,純粋な熱水の組成を求めるという手法が採られる。これは,混合過程の途中で,その元素あるいは化学種が混合以外の化学反応をしていないことも示しており,そのようにして海水のコンタミを補正することによって,純粋な熱水の成分を調べることによって,初めて世界中の熱水との比較が可能となる。そして,その熱水の端成分について,シリカ温度計を用いた熱水源の温度の推定,世界中の熱水との比較(EPRとの比較,あるいは堆積物被覆型との比較),この他同一海域内におけるバリエーションなども議論の対象となる。熱水の地球化学的な研究では,新しい熱水が見つかる度に,そのエンドメンバーをデータベース的に記載・公表するルーティーンワーク的な位置づけがある一方で,その中でも,火山ガスのインプットが起きていることで生じる不均化反応やアルカリ性の熱水など,新しいプロセスやメカニズムが見つかることは,数多くのルーティーンワークの上に,一握りのブレークスルーが生じるという意味で,粛々とデータベースの充実を図ることにも,一定の意味があると言えよう。
一方,泥火山や冷湧水については,塩化物イオン濃度に異常がなければ,このようなエンドメンバーを取るというような手法は取れない。ただし,必然性はないが,泥火山の流体には,粘土鉱物の脱水起源の真水が混じることが多いことから,泥火山のエンドメンバーを取ることはできることが多い。むしろ,これほど高い確率で観測される事実である以上,必然性があると考えた方がよいのかもしれない。むしろ,粘土鉱物の脱水起源が起こる温度環境(60~150°C)において,起こりうる有機物の熱分解起源のメタンの生成が,泥火山のドライビングフォースに必要だと考えることはできるので,往々にして泥火山からは熱分解起源のメタンが検出されることの方が必然性はあると言える。ただし,一度熱分解起源のメタンが供給されて還元的になった海底直下の堆積物中では,微生物起源のメタン生成が起こりうることから,少しでも熱分解起源のメタンの供給が弱まると,むしろ微生物起源のメタンが目立ってしまうために,泥火山の表層にいつも熱分解起源のメタンが分布しているかというと,そういうわけではないことも注意しなければならない。泥火山の場合は,塩化物イオンの濃度を用いてエンドメンバーを求めると共に,粘土鉱物と平衡になったことを仮定したカチオンを用いた地質温度計による議論,メタンの炭素同位体比を用いたメタンの起源に関する議論,水の同位体比を用いた水の起源に関する議論,ホウ素やリチウムの同位体比を用いた起源深度に関する議論などが挙げられる。今後は,より詳しいメタン生成温度を推定することができるメタンのクランプトアイソトープという手法に期待している。
一方,冷湧水の塩化物イオン濃度が低いことは,さらに必然性はないことから,極めて限定された“運のよい場所”以外で冷湧水のエンドメンバーを求めることは極めて難しい。このように,熱水,冷湧水,泥火山には,三者三様の地球化学があって,いろいろな悩みにぶち当たっているというのが,現状のようである。