日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-TT 計測技術・研究手法

[M-TT44] 地球化学の最前線

2022年6月1日(水) 11:00 〜 13:00 オンラインポスターZoom会場 (37) (Ch.37)

コンビーナ:羽場 麻希子(東京工業大学理学院地球惑星科学系)、コンビーナ:小畑 元(東京大学大気海洋研究所海洋化学部門海洋無機化学分野)、コンビーナ:角野 浩史(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系)、コンビーナ:横山 哲也(東京工業大学理学院地球惑星科学系)、座長:羽場 麻希子(東京工業大学理学院地球惑星科学系)

11:00 〜 13:00

[MTT44-P01] 火山ガスのヘリウム同位体比その場分析に向けた可搬型質量分析計と前処理系の開発

服部 佑樹1、*角野 浩史1 (1.東京大学大学院総合文化研究科)

キーワード:ヘリウム同位体、質量分析計、火山ガス

ヘリウム同位体比(3He/4He比)は太陽系形成時に地球内部に取り込まれた始原的成分と放射壊変によって生成される放射壊変起源成分の比率によって,大気・地殻・マントルといった地球のリザーバーごとに異なる値を示す。火山から放出される火山ガスはマグマによって運ばれたガスが様々な過程を経て地表に噴出したものであるため,その3He/4He比は各リザーバー起源の成分の混合比を反映する。噴火の前にはマグマ活動の活発化に伴って火山ガスの3He/4He比が変動する場合があり,新たな火山監視指標としての利用が期待されている。3He/4He比の測定には,微量の3He(一般に0.1 ppbv以下)を検出できる感度と,3He+とHD+を識別できる質量分解能が求められることから,総重量1tを超える磁場型質量分析計が用いられる。さらに,希ガスの精製・分離を行うための真空ラインも必要となるため,3He/4He比の測定はこれらの設備を備えた実験室でしか行うことができない。ゆえに,3He/4He比の測定は試料を実験室に持ち帰って行う必要があり,火山観測に不可欠なリアルタイム・連続分析を行うのは困難である。これを可能にするには,可搬型質量分析計とコンパクトなヘリウム抽出システムを用いたオンサイト分析の手法を開発する必要があった。
我々は,可搬型質量分析計としてマルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)を採用した。MULTUMは持ち運びが可能なサイズであり,3He+とHD+を識別できるだけの高い質量分解能を有していた。しかし,市販のMULTUMの感度は天然試料中の微量の3Heを検出するのに必要な水準には遠く及ばなかった。よって,MULTUMを用いたヘリウム同位体分析の最大の課題は,感度を向上させて3Heの検出・定量を可能にすることであった。また,ヘリウム抽出システムについては石英ガラス管を用いたものが提案されていたため,本研究ではこれとMULTMUを組み合わせた分析手法の実証を目指した。
MULTUMの感度を向上させるためにまず行ったことは,イオンカウンティング法の導入と静作動方式による分析のための改良である。イオンカウンティング法はしきい値を超えたパルス信号を数える計測法であり,これを用いるとノイズの影響で検出できなかった微量イオンの検出が可能となる。静作動方式とは,測定時に質量分析計内を真空ポンプから切り離し,試料ガスを分析計内に滞留させ続ける分析方法である。イオンカウンティング法と静作動方式を組み合わせると,測定時間に比例してイオンのカウント数が蓄積されるため,微量イオンの定量が可能となる。通常のMULTUMでは,イオン源に導入された試料のほとんどはイオン化される前に真空ポンプによって排気されていたが,イオン源とポンプの間にバルブを設け,測定時にバルブを閉めることで静作動分析が行えるようにした。また,静作動分析中の分析計内の真空度を高く保つため,希ガス以外の活性ガスを吸収するゲッターポンプを取り付けた。その他,イオン透過率と排気効率の向上のために,アパーチャー径の拡大も行った。
石英ガラス管を用いたヘリウム抽出の検証として,ヘリウム透過実験を実施した。実験ではガラス管を270-540℃に加熱し,実験室の空気からの透過ガスをMULTUMによって測定した。これにより,ヘリウムの透過量と透過速度の評価を行った。
カウンティング計測と静作動分析の結果,MULTUMを用いて3Heを検出することが可能になった。さらに,イオンカウンティングにおける検出効率の最適化とアパーチャー径の拡大によって感度は約100倍向上し,2.4x10-10 cm3STP/cps の感度が達成された。これは,0.4-4 cm3の火山ガス試料を10分間測定すれば3Heが100カウント検出される程度の感度であり, MULTUMを用いた火山ガスのヘリウム同位体分析がより現実的なものとなった。
石英ガラス管を用いたヘリウム透過実験からは,700℃,15時間の透過で4x10-5 cm3STPのヘリウムの抽出が可能であることが示唆された。これをMULTUMの静作動分析と組み合わせることで, 1時間ごとに誤差4%程度の精度で3He/4He比を測定できる可能性が示された。
今後の展望としてはフィラメントの改良によるイオン化効率の向上など,さらなる感度の向上が期待される。石英ガラス管を用いたヘリウム抽出システムについては,具体的な連続分析のイメージが示された。引き続きMULTUMと組み合わせたヘリウム同位体分析の実証を行い,近い将来にはフィールドでの実証実験を行えると見込んでいる。