日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ52] 地質と文化

2022年5月25日(水) 10:45 〜 12:15 301B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:鈴木 寿志(大谷大学)、コンビーナ:先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)、コンビーナ:川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)、座長:鈴木 寿志(大谷大学)、先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)、川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)

10:45 〜 11:00

[MZZ52-01] 西アジアにおける先史社会の地質学的背景

*久田 健一郎1 (1.文教大学)

キーワード:西アジア、先史時代、石器、ザグロス

西アジアの先史時代は、旧石器時代、新石器時代、銅器時代の変遷をとげてきた。その変遷の中で新石器時代に入ると、農耕牧畜定住生活が際立ってきたことが考えられている。この一連の先史社会形成に自然環境が果たした役割は大きい。筆者は2003年以来、イラン・ザグロスのアルサンジャン遺跡群(5万年~5.1万年前;中期旧石器時代)、トルコのハッサンケイフ・ホユック遺跡(紀元前9500~9000年)、シリアのテル・エル・ケルク遺跡(紀元前6600~6100年)、アルボルツのチャハマック遺跡(紀元前7200~6600年前(西タペ)、紀元前6300~5200年前(東タペ))において現地調査を行い、それぞれの遺跡が有する石器石材や環境的立地などについて調査を行ってきた。
アルサンジャン遺跡群はZagros fold-thrust beltの北縁部、ティグリス河岸のハッサンケイフ・ホユック遺跡はZagros fold-thrust beltが消滅する地域、テル・エル・ケルク遺跡はヨルダン地溝帯の北方延長部、チャハマック遺跡は横ずれ活断層地帯で発達したバハダ(bajada)と呼ばれる扇状地群のひとつの扇端に位置する。これらの遺跡のロケーションは、アラビアのユーラシアに対する衝突、そして現在に至るテクトニクスに関係している。またいずれの遺跡も白亜紀から古第三紀の石灰岩地帯に位置する。石刃となる石材は、アルサンジャン遺跡群では放散虫岩、それ以外の遺跡では石灰岩中の珪質ノジュールを頻繁に利用している。これらの情報は、先史時代では、放散虫岩や石灰岩(珪質ノジュールを含む)が古代人の居住地決定に大きな役割を果たしていたことが考えられる。
先史時代の西アジア中心を考えた広域交通を考えた場合、メソポタミアとイラン高原に挟まれたザグロスは地形的障害になることが考えられる。しかしながら、先史時代からザグロス越えは活発に行われてきた。例えば、ティグリス・ユーフラテス川流域から、さらにはペルシャ湾岸から、ケルマンシャー、イスファハーン、シーラーズの内陸をめざすルートは、それぞれ、地勢的にはLurestan Arc, Dezful Embayment, Fars Arcの地区横断ということになる。Lurestan ArcとFars Arcはザグロス単純褶曲帯に属し、「鯨の背斜」(Whaleback anticline; Burberry et al., 2010)と呼ばれている。これらの地区は鯨の背斜の間の谷を移動すれば、比較的簡単に内陸に分け入ることは容易である。他方Dezful Embaymentのデズ川-バクティアリ川の水系は、標高100m付近からイラン高原の縁にあたる町フェレイドゥーネの町(標高2600m)に至ることになる。この水系は曲流が著しいが、それは鯨の背斜を縫う河川の下刻の結果、縦谷と横谷からなる先行性河川によって形づくったものである。すなわち、ザグロスはDezful Embaymentを中心とした地域で活発な隆起が発生したのであろう。アラビアのユーラシアに対する衝突が、ザグロスの主部であるZagros fold-thrust beltをつくり出し、他方でその初期段階から存在した河川系パターンが残存することで、これらの河川がつくる峡谷が先史時代の交通路になった可能性がある。