日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ52] 地質と文化

2022年5月25日(水) 10:45 〜 12:15 301B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:鈴木 寿志(大谷大学)、コンビーナ:先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)、コンビーナ:川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)、座長:鈴木 寿志(大谷大学)、先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)、川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)

11:00 〜 11:15

[MZZ52-02] 鋼の構築様式、近代におけるその成立条件

*中谷 礼仁1 (1.早稲田大学 理工学術院)

キーワード:構築様式、生環境構築史、現代都市と建築

本論は特に鋼鉄による近代的構築様式の成立の経緯と地球内部との関係に及ぶ、その運動像を素描しようとするものである。
建築材としての使用に耐えうる鋼鉄生産と社会での大量消費が、近代の構築様式を代表する、超高層稠密都市を作り上げた。同様式を先の三つの要素①発端(歴史の始まり)、②空間的広がり(社会的実践)、③時間的広がり(構築0と人間社会との再組織化)からまとめる。
第一に、産業革命の中心は冶金と蒸気機関の連結である。製鉄には鉄鉱石の取得とそれを精錬するための大量の燃料(木炭・石炭・コークス)が必要である。蒸気機関も、同燃料と機関自体を実現する鉄材を必要とする。これらの素材を得るための深部採掘は、蒸気機関による地下揚水によって実現化された。需要に応じて蒸気機関の安定化と増産が続けられた。さらに鉄資源を採掘場所から需要地に運搬するために、従来からの船舶のみならず蒸気機関による鉄道利用が誕生した。鉄生産は鉄消費とインフラ構築によるさらなる鉄生産を前提として駆動した。それらをさらに加速化させるには巨大な資本運動が不可欠であった。つまり産業革命は技術開発・消費資源化された地球・大資本の三位一体化をもたらした。
第二にその空間的広がりは、特にその黎明期の舞台となった北米において検討しうる。初めての鋼鉄製吊り橋はニューヨークのブルックリン・ブリッジ(1883)で、全長約1800メートルを誇った。翌84年にはシカゴで初めて鋼鉄を用いた10階建ての高層建築Home Insurance Buildingが誕生した。つまり水平にも垂直にも長大な鋼鉄製建設物がほぼ同時にアメリカの東海岸で興った。鋼鉄橋、鉄道敷設に象徴される鋼鉄による大規模輸送手段構築は高層ビル建設と同じくらいに重要である。鉄鉱石が大規模建造物に変化するためには、掘削地、製鉄所、建設地の連結が必要である。つまり鋼鉄建築の建設には、それに見合った交通による物流移動が一体的に計画されていなければならないからである。19世紀後半、アメリカの鉄鉱石採掘の中心となっていたのは、現在でもアメリカ最大の鉄鉱床である北部五大湖中最大のスペリオル湖周辺の先カンブリア時代の 縞状鉄鉱層であった。シカゴ、そしてニューヨークはその膝下の都市であった。
第三にその様式誕生に関わる、まるでシュールレアリズムのような時空を超えた大地と製鉄技術との遭遇をまとめた。良質な鉄鉱石が採取可能な縞状鉄鉱床は、約19億年前の海底で形成終了したものである。19世紀末までに鉄鉱石の主要産地であった、スカンジナビア半島、ヨーロッパ北部、イギリス、先に述べたアメリカの東海岸一帯、五大湖周辺にはこの縞状鉄鉱床が多く含まれていた。現在、これらの地域は大西洋中央海嶺によって遠く隔たっている。しかしそれら地帯は、約4億年前の地球においては、一帯の山脈として隆起形成した近接地帯だった。つまり産業革命を生んだ地理空間は、縞状鉄鉱床の形成活動(約19億年前)と現在のプレートとは一世代前のプレートの衝突(約4億年前)による形成地帯の誕生という、はるか過去の大地の活動に規定されていたのである。
このようにして、地球物理学的情報を19世紀末の稠密高層建築誕生という建築史に接続した時に、はじめて大量に生産される耐久材としての鋼鉄が出現した理由が想像されうる。資本運動を背景にした19世紀の産業革命誕生と19億年、そして4億年前の地球活動との出会いこそが鋼の構築様式の最深の構造である。(1403字)