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[MZZ52-04] 中世山城跡の地形改変による土砂移動の地質的影響
キーワード:遺構図、崩壊面積比、土壌分析
平成30年7月豪雨時に東広島市では,国土地理院の災害航空写真を用いて判読された地域において県内最多の2,730件の土砂移動発生の報告1)があった.北部を除いた市域周辺範囲(以降「分析範囲」とする)内では,中世城館遺跡の4割以上において下部斜面で土砂移動の発生が確認された.中でも麓から城の郭部までの高低差である比高が大きく丘陵頂部などに立地する山城跡は,尾根を断ち切る「堀切」や等高線に直交して斜面に堀を作る「竪堀」といった空堀,急崖「切岸」や頂部の平坦な「郭」を取り囲む「土塁」のように,斜面などを数m~十数mもの高低差のある切土・盛土の地形改変が城郭周囲に多数存在する2).筆者は土砂移動斜面の上部に確認された空堀に着目し,複数の山城跡について現地調査と土壌分析をおこなった.その結果,空堀の堆積土が未固結であることや流路痕を確認したため,山城跡の空堀部が下部斜面での土砂移動に影響を与えたと指摘した(猪股,2021,投稿中).
本研究はこの事象が地域特有のリスクであるのかを検討するため,地質に着目して以下の3点について分析をおこなった.
1.遺構図の調査による過去の土砂崩れ履歴
2.平成30年7月豪雨時の雨量別崩壊面積比による山城跡の地形改変の影響
3.空堀の堆積土の土質
今回は地質による地形改変の影響の差異を,広島花崗岩類(花崗岩)と高田流紋岩類(流紋岩)の二つの地質で比較した.これらの地質は平成30年7月豪雨時,分析範囲における土砂移動の96.7%を占めている.
1.遺構図の調査
1994年に発行された中世城館調査報告書3)によると,城館遺跡の略測図である遺構図に「土砂崩れ」の記載があるものは分析範囲内で約半数の49.5%と非常に多く,過去にも山中で土砂移動を発生していたと考えられた.周辺の呉市や竹原市もそれぞれ30.8%,58.3%の土砂崩れ履歴がある.しかし,中世の安芸国として同様に多くの城跡が立地する安芸高田市の城跡115城の土砂崩れ履歴は,わずか6.8%と大きく異なった.
分析範囲・呉市・竹原市と安芸高田市の地質分布を比較すると図1のように安芸高田市は流紋岩が7割以上を占め,花崗岩は1割程度であることがわかる.また,城跡の立地する地質についても大きく異なる(図2).地質以外の要因として,それぞれの地域での豪雨履歴・比高なども検討したが,全地域とも100年以内に複数回の豪雨経験があり4),比高が50m以上の「平山城」「山城」と一般に分類される城跡は,むしろ安芸高田市の方が多い(図3).つまり,土砂移動に影響を与える高所に立地する山城跡が多い流紋岩地域の安芸高田市よりも,花崗岩地域の東広島市などの山城跡の方が,これまでに多くの土砂移動を発生していたことがわかる.
2.崩壊面積比
平成30年7月豪雨での山城跡周辺の土砂移動面積を,地形改変の影響があると考えられる周辺範囲の面積で除した崩壊面積比について,雨量別にGIS(地理情報システム)で分析し,分析範囲全域での崩壊面積比と比較した.この豪雨では土砂移動の誘因とされる降雨の影響が大きかったため,雨量別に分析をおこなう事で地形改変の影響を検討できると考えた.最も多くの範囲を占めた総雨量350-400mmでは花崗岩が4.8倍,流紋岩が2.7倍となり,地形改変の影響は花崗岩で大きいことが分かった(図4).
近代の地形改変では花崗岩は流紋岩と比較して,切土のり面の斜面災害の発生率が約2倍との報告がある(下野ほか,20155)).前近代の地形改変についても同様の地質的特性があることが分かった.
3.空堀の堆積土
土砂移動に影響すると注目した山城跡の空堀部について,分析範囲内の花崗岩のががら山城跡(鏡山城ががら遺跡)・二神山城跡・第2若山城跡,流紋岩の下三永茶臼山城跡・第1若山城跡で遺構図に基づき調査を実施した.花崗岩の空堀部は堆積土が透水性で中位を示す砂質であったのに対し,流紋岩は透水性が低いシルト質であることが分かった(図5).このことは,花崗岩の山城跡の空堀が地形改変から年月を経ても豪雨の際に集水して流路となりやすいことを示す.
以上から,花崗岩の山城跡は流紋岩と比較して土砂崩れ履歴が多いこと,地形改変による土砂移動への影響が大きい事,地形改変部である空堀の透水性が高いこと,などが明らかになった.
広島県は古代より東西陸路の要所とされ,室町から戦国時代に築城された城跡などが多く残る安芸国とよばれた地域である6).そのため遺跡の中で中世城館が占める割合は隣接する県の1.8~2.3倍7)といった歴史的特徴がある.本研究の対象地である東広島市は,県内でも城跡数が広島市に次いで多く,近年は学園都市として発展し,急激な人口増加に伴う山すその危険箇所での宅地化が進んでいる.花崗岩地域に立地する山城跡は,これらの地域の特有のリスクとして,認識が必要である.
(参考文献)
(1)広島大学平成30年7月豪雨災害調査団(地理学グループ):平成30年7月豪雨による広島県の斜面崩壊の詳細分布図(第二報最終報告及び第四報)shpファイル等, http://ajg-disaster.blogspot.com/2018/07/3077.html#more,2019年6月27日
(2)竹井英文:戦国の城の一生つくる・壊す・蘇る,吉川弘文館,pp7,pp112,2018
(3)広島県教育委員会:都道府県別日本の中世城館調査報告書集成18中国地方の中世城館(2)広島1 第2集pp9-291, (3)広島2,第3集pp8, 17,34-42, 121-122,第4集pp323-326,東洋書林,2003
(4)伊達裕樹ほか,広島県の災害データの解析による土石流・がけ崩れの特徴,公益社団法人地盤工学会中国史部論文報告集 地盤と建設,Vol.28,No.1,2010
(5)下野宗彦ほか,中国地方における高速道斜面の崩壊と表層地質区分の関連性,土木学会論文集C(地圏工学),ol.71,No.2,92-107,2015
(6)小都隆,安芸の城館,ハーベスト出版, pp8-13,2020
(7)奈良文化財研究所,文化財総覧WebGIS, https://heritagemap.nabunken.go.jp/main?lat=34.68&lng=135.82&zoom=12&bearing=0&pitch=0,2021年10月24日
(8)産総研地質調査総合センター,20万分の1地質図幅「広島」及び「浜田」GISデータ(https://gbank.gsj.jp/geonavi/geonavi),2022年2月7日閲覧
本研究はこの事象が地域特有のリスクであるのかを検討するため,地質に着目して以下の3点について分析をおこなった.
1.遺構図の調査による過去の土砂崩れ履歴
2.平成30年7月豪雨時の雨量別崩壊面積比による山城跡の地形改変の影響
3.空堀の堆積土の土質
今回は地質による地形改変の影響の差異を,広島花崗岩類(花崗岩)と高田流紋岩類(流紋岩)の二つの地質で比較した.これらの地質は平成30年7月豪雨時,分析範囲における土砂移動の96.7%を占めている.
1.遺構図の調査
1994年に発行された中世城館調査報告書3)によると,城館遺跡の略測図である遺構図に「土砂崩れ」の記載があるものは分析範囲内で約半数の49.5%と非常に多く,過去にも山中で土砂移動を発生していたと考えられた.周辺の呉市や竹原市もそれぞれ30.8%,58.3%の土砂崩れ履歴がある.しかし,中世の安芸国として同様に多くの城跡が立地する安芸高田市の城跡115城の土砂崩れ履歴は,わずか6.8%と大きく異なった.
分析範囲・呉市・竹原市と安芸高田市の地質分布を比較すると図1のように安芸高田市は流紋岩が7割以上を占め,花崗岩は1割程度であることがわかる.また,城跡の立地する地質についても大きく異なる(図2).地質以外の要因として,それぞれの地域での豪雨履歴・比高なども検討したが,全地域とも100年以内に複数回の豪雨経験があり4),比高が50m以上の「平山城」「山城」と一般に分類される城跡は,むしろ安芸高田市の方が多い(図3).つまり,土砂移動に影響を与える高所に立地する山城跡が多い流紋岩地域の安芸高田市よりも,花崗岩地域の東広島市などの山城跡の方が,これまでに多くの土砂移動を発生していたことがわかる.
2.崩壊面積比
平成30年7月豪雨での山城跡周辺の土砂移動面積を,地形改変の影響があると考えられる周辺範囲の面積で除した崩壊面積比について,雨量別にGIS(地理情報システム)で分析し,分析範囲全域での崩壊面積比と比較した.この豪雨では土砂移動の誘因とされる降雨の影響が大きかったため,雨量別に分析をおこなう事で地形改変の影響を検討できると考えた.最も多くの範囲を占めた総雨量350-400mmでは花崗岩が4.8倍,流紋岩が2.7倍となり,地形改変の影響は花崗岩で大きいことが分かった(図4).
近代の地形改変では花崗岩は流紋岩と比較して,切土のり面の斜面災害の発生率が約2倍との報告がある(下野ほか,20155)).前近代の地形改変についても同様の地質的特性があることが分かった.
3.空堀の堆積土
土砂移動に影響すると注目した山城跡の空堀部について,分析範囲内の花崗岩のががら山城跡(鏡山城ががら遺跡)・二神山城跡・第2若山城跡,流紋岩の下三永茶臼山城跡・第1若山城跡で遺構図に基づき調査を実施した.花崗岩の空堀部は堆積土が透水性で中位を示す砂質であったのに対し,流紋岩は透水性が低いシルト質であることが分かった(図5).このことは,花崗岩の山城跡の空堀が地形改変から年月を経ても豪雨の際に集水して流路となりやすいことを示す.
以上から,花崗岩の山城跡は流紋岩と比較して土砂崩れ履歴が多いこと,地形改変による土砂移動への影響が大きい事,地形改変部である空堀の透水性が高いこと,などが明らかになった.
広島県は古代より東西陸路の要所とされ,室町から戦国時代に築城された城跡などが多く残る安芸国とよばれた地域である6).そのため遺跡の中で中世城館が占める割合は隣接する県の1.8~2.3倍7)といった歴史的特徴がある.本研究の対象地である東広島市は,県内でも城跡数が広島市に次いで多く,近年は学園都市として発展し,急激な人口増加に伴う山すその危険箇所での宅地化が進んでいる.花崗岩地域に立地する山城跡は,これらの地域の特有のリスクとして,認識が必要である.
(参考文献)
(1)広島大学平成30年7月豪雨災害調査団(地理学グループ):平成30年7月豪雨による広島県の斜面崩壊の詳細分布図(第二報最終報告及び第四報)shpファイル等, http://ajg-disaster.blogspot.com/2018/07/3077.html#more,2019年6月27日
(2)竹井英文:戦国の城の一生つくる・壊す・蘇る,吉川弘文館,pp7,pp112,2018
(3)広島県教育委員会:都道府県別日本の中世城館調査報告書集成18中国地方の中世城館(2)広島1 第2集pp9-291, (3)広島2,第3集pp8, 17,34-42, 121-122,第4集pp323-326,東洋書林,2003
(4)伊達裕樹ほか,広島県の災害データの解析による土石流・がけ崩れの特徴,公益社団法人地盤工学会中国史部論文報告集 地盤と建設,Vol.28,No.1,2010
(5)下野宗彦ほか,中国地方における高速道斜面の崩壊と表層地質区分の関連性,土木学会論文集C(地圏工学),ol.71,No.2,92-107,2015
(6)小都隆,安芸の城館,ハーベスト出版, pp8-13,2020
(7)奈良文化財研究所,文化財総覧WebGIS, https://heritagemap.nabunken.go.jp/main?lat=34.68&lng=135.82&zoom=12&bearing=0&pitch=0,2021年10月24日
(8)産総研地質調査総合センター,20万分の1地質図幅「広島」及び「浜田」GISデータ(https://gbank.gsj.jp/geonavi/geonavi),2022年2月7日閲覧