日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-VC 火山学

[S-VC32] 火山噴火のダイナミクスと素過程

2022年5月26日(木) 15:30 〜 17:00 国際会議室 (IC) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:大橋 正俊(東京大学地震研究所)、コンビーナ:並木 敦子(名古屋大学 大学院環境学研究科 地球環境科学専攻)、鈴木 雄治郎(東京大学地震研究所)、コンビーナ:新谷 直己(東北大学大学院理学研究科地学専攻地球惑星物質科学講座)、座長:新谷 直己(東北大学大学院理学研究科地学専攻地球惑星物質科学講座)、並木 敦子(名古屋大学 大学院環境学研究科 地球環境科学専攻)

16:15 〜 16:30

[SVC32-09] 流紋岩質メルトにおける水の溶解熱の見積り

*西脇 瑞紀1福谷 貴一2寅丸 敦志3松本 光央4 (1. 九州大学 理学府 地球惑星科学専攻、2.東京大学 理学系研究科 地球惑星科学専攻、3.九州大学 理学研究院 地球惑星科学部門、4.九州大学 工学研究院 地球資源システム工学部門)


キーワード:流紋岩質メルト、水、溶解熱、飽和溶解度、減圧発泡、温度降下

【はじめに】
火山噴火のダイナミクスを詳細に理解する上で、火道を上昇するマグマの温度変化を知ることは重要である。その原因は複数あるが、火道壁から十分に離れた中心部では発泡と結晶化の寄与が大きいと思われる。発泡の「潜熱」(離溶熱) と気泡「膨張」の力学的仕事は系を冷却、結晶化の潜熱 (凝固熱) は系を加熱し、これらは互いを打ち消す向きに働く。そのため、火道流モデルなど過去の多くの研究では、火道内のマグマは等温と仮定された。しかし、それぞれの大きさが同等である保証はない。本研究では、結晶化が比較的起こりにくい流紋岩質メルトについて、水の溶解熱 (逆符号は離溶熱) を熱力学的に幅広い温度・圧力範囲で求めた。また、求めた溶解熱を用いて流紋岩質メルトの平衡減圧発泡による温度降下を数値的に計算し、「潜熱」と「膨張」の寄与を見積った。

【溶解熱の熱力学的見積り】
メルトへの水の溶解は、気相のH2Oが相転移してメルトに溶け込む第1反応と、その一部が架橋酸素を加水分解してOHに変化する第2反応から成る。第2反応の溶解熱はH2OとOHの存在割合の赤外分光その場測定の結果からすでに求められているが、第1・第2反応のトータルの溶解熱の測定例は存在しない。Sahagian and Proussevitch (1996) [以下SP96] はアルバイトメルトにおける水の飽和溶解度のデータからトータルの溶解熱を熱力学的に見積ったが、その計算過程に誤りがある。Zhang (1999) は第1反応の溶解熱をGibbs-Helmholtzの式から熱力学的に見積る方法を提案したが、低圧における飽和溶解度のデータの少なさ、高圧における第2反応の平衡定数の信頼性の低さを理由に具体的な計算を断念した。
今回、これらの問題はそれぞれLiu et al. (2005), Nowak and Behrens (2001) によって解決されたと見なし、Zhang (1999) の方法に従って、和田峠黒曜石ガラス組成の場合に700-1200℃, 100-300 MPa の範囲で第1反応の溶解熱を求めた。H2Oの気相のフガシティは実在気体の状態方程式 (IAPWS-95) から計算した。昨秋の火山学会では第1反応の溶解熱は圧力のみに依存すると発表したが、これは誤りで、低圧における温度依存性は非常に大きいことが新たに判明した。図1左列にSP96、右列に本研究の結果を示す。右列下段の曲線群は第1反応の溶解熱 (吸熱反応・負)、上段は第2反応に進む割合を第2反応の溶解熱 (発熱反応・正) に乗じた量、中段はそれらの合計、すなわちトータルの溶解熱である。
高温ではほぼすべての水が第2反応に進むのに対し、低温ではその割合が減少するため、第1反応の曲線形の特徴がトータルの曲線形に反映されている。また、両反応の兼ね合いにより、トータルの溶解熱の温度依存性が低圧と高圧で逆転している。トータルの溶解熱は高温・高圧になるほど0に漸近しているが、これはシリケイトと水が溶解熱0で混ざり合う超臨界状態に近づいているためと解釈できる。

【減圧発泡による温度変化の計算】
マグマの平衡減圧発泡による温度降下を、SP96で用いられた微分方程式を改変し、数値的に計算した。物理条件は昨秋の火山学会で発表した時点と同じである。計算の終了条件として、(1) 気相の体積分率が8割に達するとき (破砕するとみなす) または (2) ガラス転移点 (Dingwell, 1998) を下回るとき、の2つを課した。ただし、計算の開始時点においてガラス転移点を下回っているのは700℃ 近傍かつ0.1 wt% 以下のごくわずかな領域に限られるので、終了条件に (1) のみを課した場合と、(1)・(2) を両方課した場合で計算結果に差異はほとんど見られなかった。
図2上段にSP96、下段に今回の計算結果を示す。左列はトータルの温度降下、中列は潜熱の効果、右列は膨張の効果である。SP96では初期温度における離溶熱の値が減圧中は保持されるとしたため、温度降下の初期温度依存性は考慮されていない。対して、本研究では温度・圧力の変化に応じて逐次的に離溶熱の値を計算したため、最終的な温度降下はわずかに初期温度依存性を持つ。SP96に比べて膨張の効果はあまり変わらないが、潜熱の効果は2倍以上大きくなり、トータルで最大80℃ 以上温度降下しうることがわかった。

【天然の現象への示唆】
以上の計算結果は、流紋岩質メルトの減圧発泡におけるメルトの粘性上昇は、メルトの含水量減少に加えて、メルトの温度降下にも起因している可能性を示唆する。これは、火道を上昇するマグマにおいて、マグマが等温の従来の場合よりも粘性の上昇が早まり、破砕深度が深まる、もしくはより小さい歪み速度でマグマが破砕する可能性にもつながる。また、マイクロライトの晶出メカニズム (Cashman and Blundy, 2000) に必要な実効的過冷却の一部を発泡による温度降下が担っているかもしれない。安山岩質メルトでは結晶化の潜熱によっておよそ100℃ 上昇するシナリオがすでに提示されている (Blundy et al., 2006) が、そのような結晶化しやすい組成のメルトにおける温度変化に対する発泡の寄与を評価するためには、発泡と結晶化による温度変化を同時に解く必要がある。

本研究はJSPS科研費JP20J20188の助成を受けました。