日本地球惑星科学連合2022年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-VC 火山学

[S-VC33] 火山の熱水系

2022年5月24日(火) 15:30 〜 17:00 国際会議室 (IC) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:藤光 康宏(九州大学大学院工学研究院地球資源システム工学部門)、コンビーナ:神田 径(東京工業大学理学院火山流体研究センター)、大場 武(東海大学理学部化学科)、座長:大場 武(東海大学理学部化学科)、神田 径(東京工業大学理学院火山流体研究センター)

16:15 〜 16:30

[SVC33-10] 火山における土壌拡散水銀放出率の精密測定

*髙橋 祐希1寺田 暁彦1 (1.東京工業大学火山流体センター)


キーワード:気体単体水銀、熱水系、草津白根火山、水蒸気噴火、透水性

1.はじめに
水銀は工業排出物に含まれる有害物質として知られ,地球大気においては気体単体水銀(Gaseous Elemental Mercury, GEM)として平均 1-3 ng/m3 が存在している.一方,火山もGEM放出源のひとつである (Robertson, 1977) .火山において,GEMが地中を上昇して大気へと至る物理・化学過程の詳細は不明であるが,一般に,GEMを含む揮発成分は断層など透水性が相対的に高い領域を通って移動すると考えられる.すなわち,GEM放出量の空間分布を知ることで,地下浅部の透水係数の大小を検討できるかも知れない (Bagnato, 2014) .地下浅部の構造的不均質を明らかにすることは,将来の噴火発生危険の大小を評価することにもつながるであろう.しかし,GEMの大気への放出は気温や湿度,降水などの環境的要因に強く依存することが知られている.そのため,測定されたGEM放出の空間分布の特徴は,必ずしも地下深部からの揮発成分放出の大小を反映しない.そこで本研究では,GEM放出に影響する主たる要因である温度に注目して,草津白根山において高精度水銀連続測定装置を用いた定点連続観測を行い,得られたGEM放出率の温度依存性を検討した.あわせて,温度補正式を作成し,多点GEM放出率測定結果に適用することで,草津白根山火口周辺のGEM放出率分布を明らかにした.

2.方法
本研究では,周辺大気に含まれるGEMが測定に与える影響を低減させるため,循環DFC法に基づきGEM放出率を測定した.ここで循環DFC法とは,測定地点に被せた容器 (以下,チャンバー)から試料ガスを吸引し,そのGEM濃度を測定した後,試料ガスからGEMを完全に取り除いたうえで再びチャンバーへ戻す手法である.GEM濃度はLumex社の自動水銀モニター(RA915AM)を用いた.本装置の検出下限は 0.5 ng/m3 と低く,これは我が国の標準的な大気水銀濃度の1/4に相当する.標準水銀を用いた室内実験を行った結果,本手法におけるGEM収率は約99%であった.
本装置を草津白根山・湯釜火口湖の南方500mに設置して,2021年10月4日~5日に連続観測を実施した.また,チャンバー内部の温度をサーミスタ温度計にて0.1℃単位で計測した.さらに,同年10月5日~8日にかけて,同地域に長さ1 km 程度の側線を2本設け,28箇所においてGEM放出率および温度を測定した.これらの地域の土壌では,周辺よりも高いGEM放出率(水谷,2019)や,He同位体比(若松・他,2021)が観測されている.比較のため,基盤岩の露出する湯釜火口湖から北西1.5 km の地点(基準点と呼ぶ)においてもGEM放出率を測定した.

3.結果と議論
定点連続観測の結果,チャンバー内部温度T K の変動範囲8.1-25.3℃に対して,測定されたGEM放出率φ ng/m2/sは4.01-10.74 ng/m2/sの範囲で変動していた.この値は,基準点における放出率1.24 ng/m2/sの3.23-8.66倍である.また,午前(気温が上昇傾向)と午後(気温が低下傾向)に得られたデータにおいて,それぞれ,lnφT -1に対して直線的に変化していた.すなわち,GEM放出率はアレニウスの式によく従っていることが分かる.ただし,午前・午後でアレニウスプロットにおける切片の値が明瞭に異なっていた.
切片の違いの原因として,GEM放出率変化は気温そのものではなく,気温変動に時間Δt遅れて変化する地中温度に依存すると仮定する.すなわち,時刻tにおいて測定されたGEM放出率φ(t)に対して,アレニウスプロットにおける温度としてT(t-Δt)を考える.解析の結果,Δt=2100 sとした場合に,午前・午後のデータとも,共通の切片をもつ唯一の直線で最もよく説明できた(r2=0.886).気温変動に対する地中温度応答を熱伝導方程式に基づいて計算した結果,気温変動と地中温度変動の位相が2100 sずれる深度は地表下2 cm程度と見積もられた.この結果は,GEM放出率が地表~地表下数cmの平均的な地中温度に支配されていることを示唆する.
本研究で得られた観測φTの経験的関係を用いれば,温度変動がφに与える影響を補正できる.そこで,草津白根山における多点観測で得られたφについて,参照温度Trefにおける補正放出φcを計算した.その結果,湯釜火口湖外側の南斜面において,基準点のφc(1.68 ng/m2/s)の1.60-6.90倍に相当するGEM放出活動が認められた.現在,本領域で地熱活動は認められず植生が繁茂している一方,過去100年間で側噴火が繰り返されており,明らかに高いGEM放出活動は,本領域において僅かな火山ガスの上昇が継続していることを示唆する.温度補正により,僅かなGEM放出活動をより明瞭に捉えられると考えられる.

謝辞:本研究はJSPS科研費18H01290の助成を受けて実施された.