日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG46] 北極域の科学

2023年5月24日(水) 13:45 〜 15:00 103 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:両角 友喜(国立環境研究所)、島田 利元(宇宙航空研究開発機構)、堀 正岳(東京大学大気海洋研究所)、川上 達也(北海道大学)、座長:島田 利元(宇宙航空研究開発機構)、堀 正岳(東京大学大気海洋研究所)

14:00 〜 14:15

[ACG46-07] グリーンランドの高時間分解能アイスコアに記録された夏季のDMS排出量の増加とその要因について

*黒﨑 豊1,2的場 澄人2、飯塚 芳徳2藤田 耕史3島田 利元4 (1.北海道大学 大学院環境科学院、2.北海道大学 低温科学研究所、3.名古屋大学 大学院環境学研究科、4.宇宙航空研究開発機構 地球観測研究センター)


キーワード:メタンスルホン酸、アイスコア、植物プランクトン、硫化ジメチル、海氷後退

植物プランクトンを起源として生成される硫化ジメチル(DMS)は、大気に放出された後、硫酸塩エアロゾルとメタンスルホン酸(MSA)に酸化される。これらのエアロゾルは、海洋上の雲凝結核の生成に寄与し、雲による負の放射強制力を増加させる効果を持つ。北極域における衛星データを用いたシュミレーション結果からは、海氷損失による海洋表層の光環境の改善が植物プランクトンの増殖に寄与することが推測されている。将来の海氷損失の進行に伴うDMS放出量の増加と雲放射強制力への影響を正しく評価するためには、広域的かつ長期的なDMS放出量の推定が必要である。しかし、大気・海洋中のDMSやMSA濃度の長期的なモニタリングデータは少なく、観測による長期のDMS放出量の変遷は明らかになっていない。本研究では、大気中のエアロゾルが精度よく保存されている、高涵養量地域で掘削されたアイスコア中のMSAを分析し、過去55年間の植物プランクトンおよびDMS放出量の変遷とその要因を明らかにすることを目的とした。
 2015年にグリーンランド南東部(SE-Dome; 67.18°N, 36.37°W, 3170m above sea level)で掘削された90.45 m長のアイスコアを鉛直約100 mm毎に分割し、汚染除去処理を施した後、清浄なポリプロピレン容器内で融解せしめ溶液試料を調製した。試料中のメタンスルホン酸イオン(MS)は、イオンクロマトグラフィー(Thermo Scientific社;ICS-2100)を用いて定量した(以下、MSAと表記する)。分離カラムには、AS-14A(Thermo Scientific社)を用い、溶離液には23mMの水酸化カリウム溶液を用いた。アイスコア中の水安定同位体比と水安定同位体大気大循環モデルによって推定される降水の酸素安定同位体比の比較から推定されたアイスコア年代に基づくと、MSAプロファイルは1960年から2014年まで年間約7サンプルの解像度で得られた。
アイスコア中の年間のMSA堆積フラックス(MSAflux)は、1960年から2001年にかけて有意に減少し、2002年以降に急激に増加した。MSAfluxの季節変動は、1960–2001年は、春(4–6月)のみにピークが現れたが、2002–2014年は、春と夏(7–9月)にピークが現れた。春のMSAfluxは、イルミンガー海のクロロフィルa(Chl-a)濃度と高い正相関を示した(r = 0.69, p < 0.01)。2002–2014年の夏のMSAfluxは、1972–2001年に対して3–6倍増加した。衛星観測データから、2002年以降は光合成有効放射量が高くなる7月にグリーンランド南東部沿岸の海氷が後退するようになり、同海域における開水面のChl-a濃度は有意に増加したことが示された。つまり、2002–2014年のMSAfluxの増加は、海氷後退日の早期化により、ブルームが活発化し、DMS放出量が増加したことに起因すると考えられる。2000年代以降、北極域では海氷後退の早期化により、夏に海洋からのDMS放出量が飛躍的に増加していることを提唱する。