日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[E] オンラインポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-CG 地球人間圏科学複合領域・一般

[H-CG19] 風景評価とレクリエーションの国際比較

2023年5月26日(金) 10:45 〜 12:15 オンラインポスターZoom会場 (11) (オンラインポスター)

コンビーナ:水内 佑輔(東京大学農学生命科学研究科)、劉 銘(國學院大學観光まちづくり学部)

現地ポスター発表開催日時 (2023/5/25 17:15-18:45)

10:45 〜 12:15

[HCG19-P01] お雇い西洋人時代の日本風景の評価1868-1878

*青木 陽二1ペトロバ アナスタシア2、松島 肇3、中谷 昌弘4、アルヌベルガー アルヌ5 (1.国立環境研究所、2.ロシア科学アカデミー東洋研究所、3.北海道大学、4.新潟大学、5.ウイーン農業大学)

キーワード:景観評価、お雇い西洋人、日本


1868-78 お雇い西洋人の風景記述
明治政府と地方自治体は、西洋文化を吸収するために西洋人を雇った。明治初期に千人以上が来た。多様な分野の西洋人が日本を見た。優遇され、日本に好意的な印象を持った。日本に長期滞在した人もいた。日本人は彼らの技術と知識を利用し、彼らは自由に日本中を旅した。解説の内容も充実し、聴くべきき内容が多い。

ブラントン
スコットランドの灯台技術者、日本の海岸線を旅行し、日本は後進国で不衛生な状態、美しい日本は観光客の過ちと述べた。彼は北方の海岸線のあるスコットランドの風景で育ち、日本の風景が好きでなかった。彼は、原始的な日本の家屋と汚れた通りを注目。
グリフィス
理化学教師で福井に招かれ、日本を好意的に描写し、多くの景色を記述。彼は、横浜の田園地帯だけでなく、琵琶湖、敦賀、福井の海岸も評価。白山と富士山を高く評価。北陸の大雪を最初に記述。
ヒューブナー
墺洪帝国外交官退役後、世界一周、日本に短期滞在。美術に造詣が深く、日本の建築、彫刻、絵画について独自の理論。地形の変化と緑の風景の詳細を記述。チロル、スイス、スコットランドと日本の風景を比較。富士吉田、猿橋、八王子、箱根、琵琶湖の風景を愛でた。日本風景における木の魅力に注目。日本の農民が風景を理解するのは、欧州よりも気候条件が優れるからと指摘。日本画は意図的に遠近法から外れたと推論。湿気の多い日本の気候と空気遠近法との関係を指摘。
ケプロン
北海道南部に滞在、農業指導。北海道はシベリアと同様に農業に不向きという学者の意見を反証。日本の生活様式が寒い気候に不適を示し、暖房用ストーブを導入。彼は、日本風景における農家の畑仕事の功績を認めた。北海道南部の美しい風景を多く描き、ホジソンと同様、植物の美的利点に気づく。北海道がアングロサクソン世界の庭になると書く.
クラーク
静岡の幕府の学校で物理、化学、数学を教えた。キリスト教を布教。アメリカと欧州のスライドを日本人に見せ、驚かせた。彼は、大阪・京都・神戸の街並みや、箱根・富士山の風景が好んだ。日本語で賛美歌を歌うのは美しい光景.
ブスケ
フランス人弁護士で法務顧問として日本政府が招聘。佐倉から遠望する富士山や浅間山などがある平野を好んだ。和田峠からの諏訪湖や男鹿半島の寒風沢などの地形変化も評価。北海道の川や森が好き。近江八景を案内されたが、理解できず。
メーチニコフ
東京外国語学校のロシア語教師。古いロシアの革命家。イタリア解放闘争やパリ・コミューンを経て来日。欧州を含む広範囲を旅行。緑の美しさと文化的な趣のある風景を好んだ。彼は、日本の植物の成長の速さに感心。これは科学的なロシアとの比較。
ナウマン
フォッサ・マグナを命名したドイツ人地質学者。地形に関する多くの科学的記述。風景の評価はない。日本を美しい国だと記した。彼は、山からの、また山への珍しい景色について紹介。鳥海山、槍ヶ岳、開聞岳、磐梯山など。植物が氷河の欠如と岩山の欠如を補うと書いた。日本を地上の楽園と表現.
ワイコフ
ロシアの地理・気象学者で、1876 年に日本を広範囲に旅。サンクトペテルブルク大学の自然地理学の教授。日本の人口密度を詳しく見て、他の国と比較。彼は、湾と海岸を美しくする落葉樹、針葉樹、常緑樹が混在する日本の風景は美しいと記述。内陸でも、丘の上に森や木立が点在し、砂地にも高い森があり美しいと記述。瀬戸内海よりも日本海側が美しい。
レガメ
フランス人画家、国立装飾美術学、建築学校教授、日仏協会事務局長。古い並木を伐採し、電柱を立て、広告を出すことに反対。日本の造園技術の洗練さを紹介。景観保護を提唱し、日本を世界の公園として保護を提案。
ベルツ
医師で景観の国際比較をした。日本人の健康を考え、多くの人を救った。気候による回復と温泉治療に適した場所を探し、関東地方を歩く。日本の優れた気候や温泉などの自然条件を利用した環境医学を紹介。後年、人類学に転向し、医学への貢献は減少。彼は、アルプスと吾妻渓谷、華厳の滝とイエローストーンを比較。日本の雪は重いことに気付く。日本に欧州のような春がないと悔いた。日光の杉並木、吾妻渓谷、鎌倉の七里ヶ浜、浅間山麓の落葉樹林、箱根に憧れた。日本人は歩く喜びを知らないが、空腹の荷馬車の馭者さえ風景の美しさを知ると記述.
モース
東京大学の動物学教授で3回滞在。絵を描くのが得意で、風景鑑賞の講義。日本人に進化論を教授。動物学者で、多くの現地調査を行い、現地でのスケッチが得意で、日本の風景の絵を残す。大森貝塚を掘削。いろは坂、男体山、江の島、小樽、森、鹿児島、長崎、和歌山を好む。日本人は芸術的な目で自然を楽しみ、文明化された人間で、あらゆる形の自然を愛する国民であると記述。サクラやユリの花、竹林、シダ、ツツジなどの植物を高く評価。