14:45 〜 15:00
[HCG23-05] 日本沿岸域の海面上昇に対する住宅移転シミュレーション
キーワード:気候変動、海面上昇、適応策、撤退、移転、経済評価
序論
気候変動による海面上昇は今世紀中も続くことがほぼ確実視されている。堤防などの構造物による防護は高い維持費、環境破壊、危険な場所での開発が伴うことから、住宅を移転させる適応策への関心が高まっている。しかし、費用の観点から移転は有効といえるのか、移転の費用をどのように推計すべきかといった問題について研究蓄積は不十分である。
実証データに基づいて移転費用を推計した先行研究では、移転者が既存の住宅地に住むことを仮定し、新規の住宅地の建設を考慮した研究は稀である。今村他(2022)では移転先による費用の変化の幅を評価するに留まっていた。
本研究では具体的な移転先を選定して移転費用を推計した。そのために、移転先として利用可能な土地の中から移転元からの距離が近い順に選定するシミュレーションを行った。さらに、住宅地建設に伴う土地利用の変化や移動距離についても明らかにした。
方法
気候と社会経済の将来シナリオは、代表濃度経路(RCP)と共通社会経済経路(SSP)を組み合わせて、SSP1-2.6(SSP1-RCP2.6)とSSP5-8.5(SSP5-RCP8.5)を用いた。標高、行政区域コード、潮汐、海面上昇、土地利用、人口のデータを用いて、2020年から2100年までの10年ごとに各3次メッシュの浸水面積と浸水影響世帯数を推計した。
移転先として利用可能な土地が存在するメッシュ(移転候補メッシュ)は、日本の全3次メッシュのうち、1)標高および行政区域コードのデータが存在する、2)評価時点から30年間は浸水しない、3)最大傾斜度が30度以下、4)田、他農用地、森林、荒地の合計面積が3,300m2以上、を全て満たす。これらの条件は、2)は住宅の耐用年数が一般に30年であること、4)は過去の日本で実施された移転の事業内容を根拠とする。
移転先の選定シミュレーションでは、任意の浸水メッシュとそこに居住する影響世帯について、その浸水メッシュと全移転候補メッシュとの距離を計算して、距離が近い移転候補メッシュから順に入居可能な世帯数の上限まで影響世帯を割り振る、という処理を全浸水メッシュに対して行った。この処理と並行して、移転先として使用された各土地利用の面積、各浸水影響世帯の移動距離、移転費用をそれぞれ推計した。
上記の処理において重要なのが浸水メッシュおよび移転候補メッシュの処理順序である。浸水メッシュの処理順序として、メッシュコード昇順(MC昇順)、人口昇順、人口降順の3種類、移転候補メッシュの処理順序としてMC昇順、コスト昇順の2種類を扱い、それらを組み合わせた合計6種類を扱った。
結果
移転先の選定結果の例として、SSP5-8.5およびMC昇順-MC昇順(浸水メッシュおよび移転候補メッシュがMC昇順)における東京湾周辺の移転世帯の分布を図1に示す。
図1 東京湾周辺における移転世帯の分布(SSP5-8.5、MC昇順-MC昇順)
移転費用総額とそのうちの用地取得・造成費を図2、図3に示す。これらの金額は今村他(2022)で推計された金額の範囲の下限に近かった。用地取得・造成費は浸水メッシュの処理順序で異なる。大まかな傾向は、MC昇順が低く、人口降順が高く、人口昇順は中庸であった。また、移転候補メッシュの処理順序の影響はほぼ無視できることが示された。
図2 SSP5-8.5における全国の移転費用(左:総額、右:用地取得・造成費)
図3 SSP1-2.6における全国の移転費用(左:総額、右:用地取得・造成費)
土地利用の変化については、荒地の使用面積が経年増加し、農地や森林の使用面積は経年減少した。荒地の使用面積の増加は、人口減少に比例して建物用地が荒地に変化するという土地利用シナリオに起因する。浸水メッシュの順序の影響については、人口昇順では田の使用面積が少なく、他農用地と森林の使用面積が多い。MC昇順はその逆であり、人口降順は中庸である。移動距離は、人口減少によって浸水域の近傍に生じた空地への移転が行われるため、経年減少した。移動距離は人口昇順と人口降順でほとんど差がないが、MC昇順はそれらより1世帯あたり約0.7-0.8km長かった。
結論
先行研究の浸水被害額および防護費用と本結果を比較すると、浸水被害額>移転費用>防護費用の順であった。浸水メッシュの順序が移転費用や土地利用面積に与えた影響は、移転を行う地域の財政や土地利用にとって無視できない規模と考えられる。移動距離への影響は3次メッシュの解像度では人口の分布を変え得る。これらの結果は、移転先を選定するうえで異なる地域間での協調や意思疎通の重要性を示唆した。
謝辞
本研究は、環境研究総合推進費S-18-3(1)(JPMEERF20S11811)の成果の一部である。
気候変動による海面上昇は今世紀中も続くことがほぼ確実視されている。堤防などの構造物による防護は高い維持費、環境破壊、危険な場所での開発が伴うことから、住宅を移転させる適応策への関心が高まっている。しかし、費用の観点から移転は有効といえるのか、移転の費用をどのように推計すべきかといった問題について研究蓄積は不十分である。
実証データに基づいて移転費用を推計した先行研究では、移転者が既存の住宅地に住むことを仮定し、新規の住宅地の建設を考慮した研究は稀である。今村他(2022)では移転先による費用の変化の幅を評価するに留まっていた。
本研究では具体的な移転先を選定して移転費用を推計した。そのために、移転先として利用可能な土地の中から移転元からの距離が近い順に選定するシミュレーションを行った。さらに、住宅地建設に伴う土地利用の変化や移動距離についても明らかにした。
方法
気候と社会経済の将来シナリオは、代表濃度経路(RCP)と共通社会経済経路(SSP)を組み合わせて、SSP1-2.6(SSP1-RCP2.6)とSSP5-8.5(SSP5-RCP8.5)を用いた。標高、行政区域コード、潮汐、海面上昇、土地利用、人口のデータを用いて、2020年から2100年までの10年ごとに各3次メッシュの浸水面積と浸水影響世帯数を推計した。
移転先として利用可能な土地が存在するメッシュ(移転候補メッシュ)は、日本の全3次メッシュのうち、1)標高および行政区域コードのデータが存在する、2)評価時点から30年間は浸水しない、3)最大傾斜度が30度以下、4)田、他農用地、森林、荒地の合計面積が3,300m2以上、を全て満たす。これらの条件は、2)は住宅の耐用年数が一般に30年であること、4)は過去の日本で実施された移転の事業内容を根拠とする。
移転先の選定シミュレーションでは、任意の浸水メッシュとそこに居住する影響世帯について、その浸水メッシュと全移転候補メッシュとの距離を計算して、距離が近い移転候補メッシュから順に入居可能な世帯数の上限まで影響世帯を割り振る、という処理を全浸水メッシュに対して行った。この処理と並行して、移転先として使用された各土地利用の面積、各浸水影響世帯の移動距離、移転費用をそれぞれ推計した。
上記の処理において重要なのが浸水メッシュおよび移転候補メッシュの処理順序である。浸水メッシュの処理順序として、メッシュコード昇順(MC昇順)、人口昇順、人口降順の3種類、移転候補メッシュの処理順序としてMC昇順、コスト昇順の2種類を扱い、それらを組み合わせた合計6種類を扱った。
結果
移転先の選定結果の例として、SSP5-8.5およびMC昇順-MC昇順(浸水メッシュおよび移転候補メッシュがMC昇順)における東京湾周辺の移転世帯の分布を図1に示す。
図1 東京湾周辺における移転世帯の分布(SSP5-8.5、MC昇順-MC昇順)
移転費用総額とそのうちの用地取得・造成費を図2、図3に示す。これらの金額は今村他(2022)で推計された金額の範囲の下限に近かった。用地取得・造成費は浸水メッシュの処理順序で異なる。大まかな傾向は、MC昇順が低く、人口降順が高く、人口昇順は中庸であった。また、移転候補メッシュの処理順序の影響はほぼ無視できることが示された。
図2 SSP5-8.5における全国の移転費用(左:総額、右:用地取得・造成費)
図3 SSP1-2.6における全国の移転費用(左:総額、右:用地取得・造成費)
土地利用の変化については、荒地の使用面積が経年増加し、農地や森林の使用面積は経年減少した。荒地の使用面積の増加は、人口減少に比例して建物用地が荒地に変化するという土地利用シナリオに起因する。浸水メッシュの順序の影響については、人口昇順では田の使用面積が少なく、他農用地と森林の使用面積が多い。MC昇順はその逆であり、人口降順は中庸である。移動距離は、人口減少によって浸水域の近傍に生じた空地への移転が行われるため、経年減少した。移動距離は人口昇順と人口降順でほとんど差がないが、MC昇順はそれらより1世帯あたり約0.7-0.8km長かった。
結論
先行研究の浸水被害額および防護費用と本結果を比較すると、浸水被害額>移転費用>防護費用の順であった。浸水メッシュの順序が移転費用や土地利用面積に与えた影響は、移転を行う地域の財政や土地利用にとって無視できない規模と考えられる。移動距離への影響は3次メッシュの解像度では人口の分布を変え得る。これらの結果は、移転先を選定するうえで異なる地域間での協調や意思疎通の重要性を示唆した。
謝辞
本研究は、環境研究総合推進費S-18-3(1)(JPMEERF20S11811)の成果の一部である。