日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS06] 津波とその予測

2023年5月24日(水) 10:45 〜 12:15 オンラインポスターZoom会場 (9) (オンラインポスター)

コンビーナ:室谷 智子(国立科学博物館)、馬場 俊孝(徳島大学大学院産業理工学研究部)

現地ポスター発表開催日時 (2023/5/23 17:15-18:45)

10:45 〜 12:15

[HDS06-P10] 津波伝播数値計算における津波の非線形性に関する考察:2016年11月22日福島県沖地震の事例

*対馬 弘晃1 (1.気象庁気象研究所)

キーワード:津波、津波伝播、非線形性、エネルギー散逸

 背景
 近年,津波伝播の非線形性が,沿岸で観測される津波波形の第一波部分に強く影響する場合があることが報告されている.対馬・他 (2022, JpGU)は,2016年11月22日福島県沖地震(Mw 6.9)の津波伝播計算を行い,非線形長波式を用いれば沿岸検潮所で観測された津波第一波の波形を再現できる一方,線形長波式を用いると同波形の振幅・周期ともに再現度が低下する観測点があることを示した.たとえば小名浜検潮所の振幅は約1.5倍以上の過大評価に達する.また,山中・谷岡 (2022, 地震学会秋季大会)は,2003年十勝沖地震(Mw 8.3)の津波数値解析を行い,十勝港等の津波第一波の波形は非線形性の影響で変容していること,底面摩擦よりも移流の寄与が強いこと,その影響は防波堤の開口部等で顕著であることを示した.
 本研究は,前述した2016年福島県沖地震の事例において,非線形長波式を用いると,線形長波式を用いた場合に比べ,小名浜検潮所の津波第一波振幅が大幅に減少した点に着目する.振幅減少の主要因が底面摩擦ならば,山中・谷岡 (2022)が示した移流のみならず,底面摩擦も沿岸津波波形第一波に大きく影響する場合があることを意味する.一方,移流が主要因ならば,山中・谷岡 (2022)の知見の一般性を高めるとともに,物理散逸を伴わない移流によって振幅が減少するのはなぜかという新たな疑問が生じる.これらを明確にするため,小名浜検潮所を対象に,2016年福島県沖地震津波の数値実験を行った.

 手法
 津波伝播計算には津波数値モデルJAGURS (Baba et al., 2015)を用い,基礎式としては,移流と底面摩擦のいずれか一方又は両方を考慮した非線形長波式,線形長波式の計4パターンを用いた.初期値には,S-net水圧波形から高精度に推定された2016年福島県沖地震のすべり分布(Kubota et al., 2021)を用いた.地形モデルには,中央防災会議(2003)が公開しているものを用い,1350, 450, 150, 50 mのネスティングを行った.本研究で着目する小名浜の港湾地域には50 mの計算格子を設定し,防波堤等の海岸構造物は地形として考慮した.

 結果
 用いる基礎式を変えながら津波伝播計算を行った結果,小名浜検潮所の第一波波形が変容して振幅が減少した主要因は移流であった.また,線形計算結果と,移流のみを考慮した非線形計算結果の比較により,高い津波が防波堤の開口部等の狭窄部を通過する際に移流の寄与が強くなる傾向がみられた.これらの特徴は,山中・谷岡 (2022)による2003年十勝沖地震の解析で示された特徴と整合する.
 移流を考慮した伝播計算において第一波振幅が減少した原因を探るため,検潮所を含む港湾地域全体で津波エネルギーを積分し,その時間変化を算出した.その結果,移流のみを考慮した非線形計算では,線形計算に比べて,港湾地域全体のエネルギーが減少していた.すなわち,散逸効果のある底面摩擦を考慮していないにもかかわらず,エネルギーが散逸していることを意味する.また,その減少が生じるタイミングは,高い津波が狭窄部にさしかかって移流が強く効くタイミングと概ね一致した.

 議論
 物理現象としての移流は散逸を伴わないため,移流を考慮した津波伝播計算でエネルギー減少が生じた原因は数値散逸だと考えられる.本研究の移流項の計算には一次精度の風上差分を用いており,その打ち切り誤差の性質は数値粘性である.津波が狭窄部を通過する際に移流が強く効いて波の前傾化が発達し,それに伴って数値粘性が強く働いて,エネルギー散逸につながったと推測される.
 小名浜検潮所の計算波形と観測波形が概ね一致した点も興味深い.数値散逸の影響で同検潮所での計算波形の振幅が減少したのなら,本来,観測波形と一致しないことが期待されるからである.伝播計算に入力した波源は沖合津波波形から高精度に推定されているため,波源の不正確さと伝播過程の数値散逸の兼ね合いで波形が偶然一致した可能性は低い.波形一致を説明する可能性の一つとしては,数値散逸が,本解析の伝播計算では考慮していないが現実の沿岸域では起きうる砕波等に伴う物理散逸の代替を担っていることが考えられる.
 津波伝播計算において,移流項の計算に起因した数値散逸が顕著なエネルギー散逸を起こしている場合,津波波形第一波のみならず,長時間にわたる津波の時間推移の再現にも影響しうる.発表では,この点についても言及する予定である.