日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-QR 第四紀学

[H-QR03] 第四紀:ヒトと環境系の時系列ダイナミクス

2023年5月21日(日) 15:30 〜 17:00 201B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:山田 和芳(早稲田大学人間科学学術院)、堀 和明(東北大学大学院理学研究科地学専攻)、田村 亨(産業技術総合研究所地質情報研究部門)、卜部 厚志(新潟大学災害・復興科学研究所)、座長:山田 和芳(早稲田大学人間科学学術院)、堀 和明(東北大学大学院理学研究科地学専攻)、田村 亨(産業技術総合研究所地質情報研究部門)、卜部 厚志(新潟大学災害・復興科学研究所)


16:45 〜 17:00

[HQR03-16] 桧原湖湖底遺跡の湖底堆積物に記録される自然災害と人工改変

*谷川 亘1,2山本 裕二2山崎 新太郎3井尻 暁5廣瀬 丈洋1、木村 淳4、佐々木 蘭貞8、中川 永6、島田 彰広7、山本 哲也1 (1.国立研究開発法人海洋研究開発機構高知コア研究所、2.高知大学海洋コア総合研究センター、3.京都大学、4.東海大学、5.神戸大学、6.豊橋市、7.伊豆の国市、8.帝京大学)

キーワード:桧原湖、磐梯山、桧原宿、湖底堆積物、岩石物性、水中考古学

【概要】
湖底に水没した考古遺跡、および周囲の自然環境の地球科学的な調査を通じて湖底遺跡の形成過程と形成過程に影響を与えた自然環境変動を総合的に評価することが期待できる。福島県の桧原湖北岸の湖底には1888年の磐梯山噴火に伴い水没した旧宿場町「桧原宿」が水没している(桧原宿跡)。水没した桧原宿は他の水中遺跡と異なり、文献記録で水没前の状況がある程度推定できる。そのため、地球科学的、考古学的なアプローチにより、文献記録に書かれている内容の復原に迫れる。また、文献記録に書かれていない新たな事象を見出すことが期待できる。さらに、桧原宿の研究を通して、文献記録の乏しい歴史自然災害によって形成された水中遺跡についての学際的・分野融合的な調査手法の確立が期待できる。そこで桧原宿跡周辺の湖底堆積物の調査を実施した。
【調査地点と分析方法】
桧原宿は江戸時代に米沢から会津へつながる街道の要として栄えた宿場町である。桧原湖北岸にある大山祇神社は桧原宿の北に位置し、水没した宿場町の名残を残す。本殿に続く参道の痕跡として湖に水没した埋没林(並木)が確認できる。桧原宿水没前の古地図から、南下した参道と旧米沢街道が交差するあたりに集落の中心地があったものと推測される。二基の鳥居が拝殿の近く(二ノ鳥居)、および二ノ鳥居から70mほど南下(南南東方向)した参道沿いに建てられている(一ノ鳥居)。いずれの鳥居も昭和期になってから新たに建てられたものである。高さ4~5mほどある一ノ鳥居は、水位が高い時期になると笠木部分まで水没する。
本研究では、一ノ鳥居を起点として南に30m、52m、70m、100m地点の湖底から各1本の参道コア試料群を採取するとともに、宿場町中心部から離れた街道沿いの会津川と桧原湖の合流地点において湖底表層のコア試料を採取した。コア試料の採取は潜水士によるポリカーボネートパイプ、およびジオスライサーを用いた押し込みにより実施した。採取した試料は、X線CT画像撮影、非破壊マルチセンサーコアロガー(MSCL)による密度および磁化率測定、窒素ガス置換法による密度・空隙率測定、レーザー回折法による粒度分析、粉末X線回折による鉱物同定を実施した。また、参道の埋没林から試料を採取し、樹種同定と年代分析も実施した。
【結果と考察】
パイプを用いて最大35cm長の試料を採取することができた。参道コア群は、いずれも浅部ではやや不明瞭な縞状の細粒堆積物(Unit I)、深部では角礫混じりのシルト(Unit II)が認められた。また100m地点からのコアについてはUnit II内に土器片を確認した。土器片は内側に規則的な条線(卸目)が刻まれていて、その形状から近世以降のすり鉢の破片だと考えられる。Unit IはUnit IIと比較してバルク密度、磁化率、1mm直径以上の粒径の割合および、粒径分布の分散が小さい特徴を示した。特にバルク密度はUnit IとUnit IIとの間で明瞭な物性境界が認められた。さらに、土器片が混入していた100m地点コアのU nitIIは70m地点コアと比較して空隙率が高いという特徴が認められた。Unit IはUnit IIと比較して珪藻・火山ガラスの割合が大きく、石英の割合が少ない特徴を示した。また両Unitともにカオリナイトを含んでいたが、Unit IIにはイライトとクロライトが認められなかった。カオリナイトは花崗岩類、イライトとクロライトは安山岩類を起源とした粘土鉱物である可能性が高い。また、参道の埋没林の分析の結果、樹種は杉で、1851~1881年の期間に発芽、1888年~1917年の期間に枯死したことがわかった。
【まとめ】
桧原宿周辺の湖底表層のコア試料を分析した結果、いずれのコアにおいても明瞭な物性・物質境界が確認できた。Unit IIは桧原湖形成以前、Unit Iは桧原湖形成以後の堆積物だと推測される。また、参道コア群において、100m地点のコアのUnit IIが他の地点のコアと比較して低い密度を示した理由として、噴火以前の土地の人工改変(廃棄物集積場・田畑など)を受けた場所である可能性が考えられる。今後、高空間分解能の化学分析(バイオマーカー、XRF、同位体分析)を通して、宿場町の繁栄時期から桧原湖形成後にわたる詳細な環境変動を評価していきたい。