11:00 〜 11:15
[HSC04-08] CO2漏出検知のために海水CO2濃度を観測することは有効か?
キーワード:海底下CO2地中貯留、漏出監視、基準率無視、海洋シミュレーション、CO2分圧、偽陽性
海底下CO2貯留におけるCO2の漏出監視方法の一つとして、海水のCO2濃度指標(例えばpCO2やpH)の測定がある。漏出が起きると、漏出したCO2が海水に溶け海水のCO2濃度が上昇するため、海水のCO2濃度指標を観測すれば漏出を見つけられるだろう、というのがその根底にある考え方である。実際、ヨーロッパで行われた海にCO2を放出する複数の実験で、CO2の放出点付近でCO2濃度指標が、放出前、あるいは放出の影響が及ばないところと明らかに異なっていることが示され、CO2濃度指標の観測が漏出監視に有効と示唆されている。しかし、放出点がわかっていて、そこでCO2濃度指標の異常が示せることと、漏出が生じているかどうかもわからない状態でCO2濃度指標の異常を検出することは大きく異なる。本研究では、CO2濃度指標の観測が、CO2漏出検出の有効な手段なのかどうかについて再考する。なお、CO2濃度指標としてpCO2を用いたが他の指標(pHなど)でも同じである。まず、海洋モデルで漏出CO2とみなしたパッシブトレーサーの拡散シミュレーションを行い、漏出点からどの程度の範囲まで基準値を超えるpCO2を見つけられるかを検討した。漏出によるpCO2の上昇(ΔpCO2)が90μatm以上であれば50%の確率で基準値を超えると仮定し、期間の半分以上の時間でΔpCO2が90μatm以上になる範囲を検出の可能性がある範囲とみなした。結果は、漏出により最もpCO2が上昇しやすい夏季に1万トン/年の漏出を仮定した場合でも、検出の可能性がある範囲は1km×0.5kmの矩形に収まる程度であった。苫小牧実証試験の測点が、最短の測点間でも約1kmであることを考えると、広範囲にわたってこのような密な測点で観測を行うのは現実的ではなく、万が一漏出が起きてもpCO2の観測では漏出を見つけられないおそれが大きいと言える。では、基準を超えるデータが見つかればその多くの場合が漏出によるものなのだろうか。苫小牧実証試験のように、自然変動の上側95%予測区間を基準とした場合は、漏出がなくても40回に1回(2.5%の確率)基準を超えるが、上側99%予測区間を基準とすれば200回に1回しか自然変動で基準を超えることはない。このことから、自然変動が基準を超えることは滅多にないので、基準を超えた場合には漏出である可能性が高いと直感的に思うかもしれない。しかし、そのような直感的な推測は、実際にCO2の漏出が起き得る確率が考慮されていない、いわゆる「基準率無視」(base rate fallacy)である。適切に貯留サイトが選ばれ管理された場合には、貯留したCO2が海底から漏出するおそれは極めて小さいと考えられている。仮に「漏出が起きる確率」(漏出が起きて、かつ測点がシミュレーションで得られた1km×0.5kmの範囲に含まれる確率)を0.01%とすると、基準を超えた場合に本当に漏出によるのは0.5%だけで99.5%は自然変動ということになる。たとえpCO2が基準を超えたとしても、そのほとんどの場合、漏出は起きていないということである。しかし、漏出が起きる確率を10%とすると、基準を超えた場合の85%が漏出ということになる。この結果によって示唆されることは、pCO2の観測は、漏出の兆しがないときに行っても意味がないが、「漏出が起きるかもしれないとき」には効果的であるということである。では、「漏出が起きるかもしれないとき」とはどんな状況かと言えば、貯留層など深部地層の監視において漏洩が見つかり、漏洩したCO2が浅部地層まで上がってきている場合である。したがって、通常は深部地層の監視(Deep-focused monitoring)を行い、そこで異常(すなわち漏洩)が見つかった場合には、P-Cableのような高解像な弾性波探査などによりCO2の行方を監視し、海底のどの辺りからCO2が漏出しそうか範囲が絞れてから、その範囲で海中の探査、すなわち気泡探査やpCO2観測などをするのが適切な漏出監視と考えられる。
本研究の成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP18006)の結果得られたものである。また東京大学大気海洋研究所の松村義正博士作成の海洋モデルkinacoを使用させて頂いた。
本研究の成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP18006)の結果得られたものである。また東京大学大気海洋研究所の松村義正博士作成の海洋モデルkinacoを使用させて頂いた。