16:45 〜 17:00
[MIS02-10] 諏訪湖堆積物の植物テルペノイドによる最終氷期以降の古植生変動の復元
キーワード:バイオマーカー、植物テルペノイド、古植生、諏訪湖、山間湖、最終氷期
[はじめに]湖沼は水域の拡大縮小に応じて河川域や湿原などの環境に遷移しやすく、その環境が大きく変化する。そのような多様で非定常的な堆積物は古環境・古気候研究において重要な情報源になり得る。特に内陸域は気候変動に対して鋭敏に応答した環境変化が起こる可能性がある。しかし、日本の内陸域、特に山岳地域における長期的な古環境・古気候変動の復元を行った例は少ない。山岳地域に位置する長野県諏訪湖は湖面積が大きく変動しており、湖岸の陸上コアには多様な堆積相が含まれている。演者らは諏訪湖コアのバイオマーカー分析を行い、おもに湖水位変化に伴う周辺環境の変化について報告してきたが(福地ほか, 2022)、本講演では植物由来バイオマーカーを用いた古植生復元に焦点をあてた研究成果を報告する。特に従来の花粉などによる古植生復元と比較しながら、陸上植物由来テルペノイドによる最終氷期以降の内陸山間域における古植生変動について論じる。
[試料と方法] 本研究では2020年に諏訪湖湖岸域で採取された堆積物コアST2020を用いた。コアの年代はAMS14C年代測定により決定し、コア最下部が約2.7万年前である。コア試料は1~2cm層厚で採取し、溶媒抽出成分をカラムで分画しGC-MS測定によりバイオマーカー分析を行った。コアST2020では堆積学的な調査から氾濫原相(Floodplain)、沼沢相(Pond)、湖成相(Lacustrine)、デルタ相(Delta plain)と堆積環境が大きく変化したことが推定されている(Hatano et al., 2022)。
[結果と考察] 堆積物試料からは植物テルペノイドとして裸子植物由来のジテルペノイド、被子植物由来のトリテルペノイドが検出された。すべてのジテルペノイド濃度に対するスギオール(Sugiol/DT)、トタロール(Totarol/DT)、デヒドロアビエチン酸(DAA/DT)の濃度、α-アミリン、β-アミリンを除いたすべてのテルペノイド濃度に対するルペオール(Lupeol/TT)の濃度の比を植生指標とした。スギオールとトタロールは主にマツ科以外のスギ科、ヒノキ科に由来する化合物であり、Sugiol/DT比とTotarol/DT比は針葉樹全体に対するスギ科、ヒノキ科の寄与を示す。一方、DAAは多くの針葉樹によって合成されるが特にマツ科において卓越することに加え、諏訪湖では湖底堆積物の花粉分析によって主要な針葉樹植生がマツ科、イチイ科-イヌガヤ科-ヒノキ科、スギ科とされており(安間ほか, 1990)、DAA/DT比は主にマツ科の寄与を示すと考えられる。Sugiol/DTとTotarol/DTは同調して変動し、DAA/DTは異なる変動を示した。最終氷期ではDAA/DTが高い値をとり、Sugiol/DTとTotarol/DTは後氷期で上昇する傾向を示した。これは花粉組成の変動と同調的であり、後氷期の温暖化によって、マツ科主体の亜高山帯針葉樹林からスギ科、ヒノキ科主体の温帯針葉樹林へ変遷したのだと考えられる。堆積物中のルペオールの起源については主にカバノキ科とされているが、マメ科などの草本植物からも検出されている。Lupeol/TT比は最終氷期では低い値をとり、その後に増加し、後氷期で減少する傾向を示した。この変動は湖底堆積物中の花粉変動(安間ほか, 1990)とは一致しなかった。一方、Lupeol/TT比のピークは諏訪湖の集水域である霧ヶ峰高原でのカバノキ科花粉のピークの時期(Yoshida et al., 2016)とおおむね一致した。バイオマーカーは花粉記録に比べ、より広範囲の植生情報を記録している可能性がある。加えてルペオールの起源が多様で草本植物を含めた被子植物の寄与を示している可能性もあり、また運搬・堆積過程が異なるなどさらなる検討が必要である。
[試料と方法] 本研究では2020年に諏訪湖湖岸域で採取された堆積物コアST2020を用いた。コアの年代はAMS14C年代測定により決定し、コア最下部が約2.7万年前である。コア試料は1~2cm層厚で採取し、溶媒抽出成分をカラムで分画しGC-MS測定によりバイオマーカー分析を行った。コアST2020では堆積学的な調査から氾濫原相(Floodplain)、沼沢相(Pond)、湖成相(Lacustrine)、デルタ相(Delta plain)と堆積環境が大きく変化したことが推定されている(Hatano et al., 2022)。
[結果と考察] 堆積物試料からは植物テルペノイドとして裸子植物由来のジテルペノイド、被子植物由来のトリテルペノイドが検出された。すべてのジテルペノイド濃度に対するスギオール(Sugiol/DT)、トタロール(Totarol/DT)、デヒドロアビエチン酸(DAA/DT)の濃度、α-アミリン、β-アミリンを除いたすべてのテルペノイド濃度に対するルペオール(Lupeol/TT)の濃度の比を植生指標とした。スギオールとトタロールは主にマツ科以外のスギ科、ヒノキ科に由来する化合物であり、Sugiol/DT比とTotarol/DT比は針葉樹全体に対するスギ科、ヒノキ科の寄与を示す。一方、DAAは多くの針葉樹によって合成されるが特にマツ科において卓越することに加え、諏訪湖では湖底堆積物の花粉分析によって主要な針葉樹植生がマツ科、イチイ科-イヌガヤ科-ヒノキ科、スギ科とされており(安間ほか, 1990)、DAA/DT比は主にマツ科の寄与を示すと考えられる。Sugiol/DTとTotarol/DTは同調して変動し、DAA/DTは異なる変動を示した。最終氷期ではDAA/DTが高い値をとり、Sugiol/DTとTotarol/DTは後氷期で上昇する傾向を示した。これは花粉組成の変動と同調的であり、後氷期の温暖化によって、マツ科主体の亜高山帯針葉樹林からスギ科、ヒノキ科主体の温帯針葉樹林へ変遷したのだと考えられる。堆積物中のルペオールの起源については主にカバノキ科とされているが、マメ科などの草本植物からも検出されている。Lupeol/TT比は最終氷期では低い値をとり、その後に増加し、後氷期で減少する傾向を示した。この変動は湖底堆積物中の花粉変動(安間ほか, 1990)とは一致しなかった。一方、Lupeol/TT比のピークは諏訪湖の集水域である霧ヶ峰高原でのカバノキ科花粉のピークの時期(Yoshida et al., 2016)とおおむね一致した。バイオマーカーは花粉記録に比べ、より広範囲の植生情報を記録している可能性がある。加えてルペオールの起源が多様で草本植物を含めた被子植物の寄与を示している可能性もあり、また運搬・堆積過程が異なるなどさらなる検討が必要である。