日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS10] 山の科学

2023年5月26日(金) 15:30 〜 17:00 オンラインポスターZoom会場 (11) (オンラインポスター)

コンビーナ:苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部フィールド科学人材育成プログラム)、西村 基志(国立極地研究所 国際北極環境研究センター)

現地ポスター発表開催日時 (2023/5/26 17:15-18:45)

15:30 〜 17:00

[MIS10-P07] 飛驒山脈の雪渓インベントリの作成

*齊藤 建1奈良間 千之1有江 賢志朗1 (1.新潟大学)

キーワード:雪渓、雪渓インベントリ、氷河

1.はじめに
日本海側地域は世界的な多雪地帯で,飛驒山脈には,百を超える多年性雪渓が分布する(Higuchi and Iozawa, 1971;朝日,2016).雪渓の面積変動は短期の気候変動を示す指標であり(樋口,1969),雪渓の分布および面積の変動のモニタリングは,日本の山岳環境の変化を理解する上で重要である.先行研究として,Higuchi and Iozawa(1971)は1968~1970年の3年間の空撮写真をもとに雪渓を1:50000地形図と1:25000地形図に描画している.朝日(2016)は2013年10月7日,14日のセスナ機からの空撮画像をもとに雪渓を1:25000地形図に描画している.これまでのインベントリは,オルソ画像などの補正したデータで雪渓を描いておらず,Higuchi and Iozawa(1971)は3年間のデータであった.このように雪渓インベントリ作成は各年で実施されておらず,雪渓の分布および面積変動の年々変動の特徴は明らかでない.そこで,本研究では,衛星画像を用いて2016年~2022年の融雪末期の雪渓ポリゴンデータを作成した.データの検証はセスナ空撮画像で取得したポリゴンデータと比較した.2016年~2022年の雪渓の分布および面積の年々変動を調べた結果, 2016年(少雪年)は個数82個,面積1.05㎞2, 2017年(多雪年)は個数466個,面積3.37km2であり,年により大きな違いが確認された.
2.研究方法
 2017年~2022年10月のPlanetScope衛星画像(解像度3m)を用いて積雪域を判読し,ArcGIS Proで雪渓ポリゴンデータを作成した.得られた雪渓ポリゴンデータの精度検証として,セスナ空撮画像から作成したオルソ画像を用いた.得られたデータから7年間の雪渓の数や面積の変動を調べた.使用した衛星画像はすべて融雪末期の10月のものを使用した.標高データは国土地理院の5mメッシュDEMを使用した.PlanetScopeから取得した雪渓ポリゴンはセスナ空撮画像から作成したオルソ画像を用いて精度検証を行った.
3.結果
 7年間の飛驒山脈全体の雪渓の個数と面積を調べた.2016年は個数が82個で面積が1.05㎢,2017年は個数が466個で面積が3,37㎢,2018年は個数が151個で1.76㎢,2019年は個数が125個で面積が1.26㎢,2020年は個数が119個で面積が0.9㎢,2021年は個数が248個で面積が1.91㎢,2022年は個数が202個で面積が1.70㎢であった.個数が最も少なかったのは2016年の82個で,最も多かったのが2017年の466個であり,一年間で約5.7倍にまで増加していた.その後,2018年には2017年の32%の個数に減少していた.面積が最も小さかったのは2020年の0.9㎢であり,最も大きかったのが2017年の3.37㎢であった.2017年から2020年までは連続して減少し,2020年の個数は2017年の26%,面積は27%まで減少した.2021年に個数と面積は2020年の約2倍に増加し,2022年はやや減少していた.この6年間の雪渓の面積変動は有江博論(2023)の氷河の質量収支と同じような傾向を示した.立山連峰と後立山連峰のデータを比較した ところ,個数と面積の変動はほぼ同じであった. 
 吹きだまり涵養型と雪崩涵養型は地形効果によってその涵養の仕方が異なる.また,吹きだまり涵養型は稜線付近に発達することから,末端標高が高くなる傾向があると考えられる.それに対し,雪崩涵養型は谷底に発達するため,吹きだまり型に比べ末端標高が低くなる.また,吹きだまり涵養型よりも面積が大きいものが多い.この二つの涵養タイプにおけるこれらの違いが数や面積の変動にどのような影響を与えているのか調べるため,それぞれの山域で稜線から200m以内,もしくは台地のような地形に残っている雪渓を吹きだまり型とし,それ以外を雪崩・複合型として比較した.その結果,個数では雪崩・複合型が7年間を通して常に全体の約73%以上を占めており,面積では7年間を通して雪崩・複合型が96%以上を維持していた.吹きだまり型の雪渓を個数の割合で見た時の変動幅が非常に大きく,全体の占める割合が2016年には約16%であったのが,2017年には約26%にまで増加した.その後,2020年まで雪渓全体の総面積が減少するとともに,吹きだまり型の雪渓が占める割合も減少し続け,2020年には約8%まで減少した.
 次に,吹きだまり型の雪渓がどの面積帯に分布しているかを調べるために,面積2000m2~10000m2未満まで,2000m2ごとに分けて数と面積を比較した.数の変化においては,2000m2以下の増減が最も大きく,2016年から2017年には13倍の個数になっていた.面積においては,10000m2以下の雪渓はほぼ増減がなく,値も小さかった.各面積帯で吹きだまり型雪渓の数と雪崩・複合型の雪渓の数を各年求めたところ,吹きだまり型雪渓のうち平均して約75%は2000m2よりも小さい範囲に存在していた.
4.考察
 日本の氷河の質量収支の研究は月日が浅く,最も長い期間で氷河の質量収支を求めた研究でさえ, 7年間に過ぎない(有江博論,2023).本研究では,過去7年間の飛驒山脈の雪渓インベントリを調べたが,その面積変動は立山連峰と後立山連峰に存在する氷河の質量収支のグラフと同じような挙動を示していた.このことから,長期の過去の面積変動を調べることが出来れば,当時の氷河の質量収支の変動を復元する指標になると考えられる.年間質量収支の永年変化を見るには最低30年の観測が必要であるとされているが(大村,2010),これからも継続して質量収支を計測せずとも,過去30年間の変動を求めることでこの先の予測が可能になることがわかった.
 吹きだまり型の雪渓の個数は割合で考えた時の変動が大きく,全体の面積変動と同様の形のグラフになった.つまり,面積がマイナスになる年に吹きだまり型の雪渓が多く消失し,プラスの年に多く出現しているという事になる.このことから,吹きだまり型の雪渓は年によって消失と出現を繰り返す,不安定な涵養型といえる.世界の氷河の質量収支は過去45年間でやや減少傾向にあるが(大村,2010),このまま温暖化が進み積雪域が減少していくとすると,日本では吹きだまり型の雪渓から消失していくと考えられる.面積別で比較した際,2000m2未満の数の変動が大きかったのは,面積の小さなものが多い吹きだまり型の雪渓がこの面積帯に多いためだと考えられる.