日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS13] 活断層と古地震

2023年5月22日(月) 10:45 〜 12:00 301A (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:小荒井 衛(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)、佐藤 善輝(産業技術総合研究所 地質情報研究部門 平野地質研究グループ)、白濱 吉起(国立研究開発法人産業技術総合研究所地質調査総合センター活断層火山研究部門活断層評価研究グループ)、安江 健一(富山大学)、座長:小荒井 衛(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)、安江 健一(富山大学)

11:45 〜 12:00

[SSS13-05] 文献調査による日本への歴史遠地津波の信頼性の検討

★招待講演

*林 豊1 (1.気象庁気象研究所)

キーワード:1420年チリ地震、1627年フィリピン地震、1651年ペルー地震、歴史遠地津波、偽津波

1. はじめに
NGDC/WDS Global Historical Tsunami Database (以下,GHTD;NCEI)には,19世紀以前に日本列島周辺以外で発生して日本で津波の観測記録があったとする地震が13例登録されている(Table 1).このうち,1586年ペルー地震[林ほか(2018,験震時報)]と1780年ウルップ島地震[林(印刷中,歴史地震)]による津波は,文献調査から,いずれも日本へ到達した根拠がない偽津波だと判明している.本研究では,GHTDが疑う余地がある津波と分類している3件も文献調査した.
2. 文献調査の結果
(1) 1420年9月6日―チリの地震
海が干上がったとする『神明鏡』(15世紀成立)の記述を,『増訂大日本地震史料』(1941)は常陸国(今の茨城県)の津波だと解釈した.この津波に先立つ地震の記述がないことから,Tsuji(2013)は遠地津波であり,ペルーかチリで地震があったはずと推測している.しかし,『神明鏡』が地震に関する記事を1420年以降に鎌倉付近で起きたものしか記していないことから,仮に常陸国で海が干上がった直前に顕著な地震動があったとしても,この史料には地震が記録されそうもない.以上から,1420年9月6日にチリやペルーで地震があった,あるいは,この日に今の茨城県で遠地津波があった,と解釈する根拠はない.
(2) 1627年9月14日―フィリピンの地震
Iida(1984)は,1627年の日本の海嘯記録とフィリピンの地震とを紐づけている.日本の記録は,1908年発行の『安房志』の「寛永四丁卯年八月五日地震海嘯あり」まで遡れるが,同時代史料の存在は確認できない.この記録は疑わしい.仮に史料を信用する立場をとるなら,安房に地震と津波があったので,フィリピンの地震とは無関係である.いずれにせよ,Iida(1984)の解釈は誤りである.また,Perrey(1860)などフィリピンでの地震と津波の発生が8月あるいは9月と記す文献はあるが,日単位で発生日を特定した情報源は知られていない.以上から,1627年フィリピン地震と千葉県の海嘯は無関係であり,地震の日付も月までしか特定できない.
(3) 1651年―ペルーの地震
1651年の地震によるペルーやチリでの津波を示す史料は知られていない.『増訂大日本地震史料』(1941)に収録された「慶安四年縣下亘理郡東裏マデ海嘯襲来セシコトアリ」によるという口碑があり,Iida(1984)は,これを風津浪だと解釈する説と南米からの津波だと反論する説との両論があると紹介している.しかし,各説として引用された文献中の表現は,いずれも地震による津波だとみなすことに否定的なものであった.また,口碑が文字化された『宮城県海嘯誌』[宮城県(1903)]には,(紀元詳ナラス凡二三一〇代)と(古老ノ口碑)の注があり,原情報は,年単位の十年程度の幅があり一人の話だけに基づく現象種別(高潮か風浪か津波か)の特定もされないものだったと分かる.これは,「特定の年に地震による津波があったことを示す伝承」とはかけ離れたものである.以上から,1651年のペルーの地震による津波の根拠は,日本へのものも含めて確認できない.
3. まとめ
これまでの研究の成果[林ほか(2018), 林(印刷中)]と合わせると,GHTDに収録された19世紀以前の日本への遠地津波13例のうち5つが偽津波であった.日本語文献の間違いや史料解釈の誤りを含む英語の文献に基づいて,偽津波の情報が国際的な津波データベースに収録された例が複数あったことになる.このことは,他地域の研究者間の連携なしには,歴史津波データの信頼性を確保できないことを示唆している.