日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-AS 大気科学・気象学・大気環境

[A-AS09] 大気化学

2024年5月27日(月) 10:45 〜 12:15 104 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:入江 仁士(千葉大学環境リモートセンシング研究センター)、中山 智喜(長崎大学 大学院水産・環境科学総合研究科)、石戸谷 重之(産業技術総合研究所)、江波 進一(国立大学法人筑波大学)、座長:宮川 拓真(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)

11:45 〜 12:00

[AAS09-11] 札幌における大気エアロゾル中の水溶性熱成炭素濃度の制御要因に関する研究

*宮瀬 陸1宮崎 雄三2入野 智久3山下 洋平3 (1.北海道大学 大学院環境科学院、2.北海道大学低温科学研究所、3.北海道大学 大学院地球環境科学研究院)

キーワード:熱成炭素、炭素質エアロゾル、札幌

熱成炭素(pyrogenic carbon ; PyC)は主にバイオマスや化石燃料の不完全燃焼により生成される化合物である。PyCの大部分は環境微生物に対して難分解性であることから、土壌中や海洋中に蓄積すると考えられるが、その循環に関する理解は不十分であり、地球表層炭素循環において考慮されていない。特に、酸化により分子サイズが小さくなり、水に溶ける形態となったPyCである溶存熱成炭素(dissolved pyrogenic carbon ; DPyC)は、生成場所である陸域から河川もしくは大気経由で海洋へと移行し、海洋では溶存有機炭素(dissolved organic carbon ; DOC)の2%を占める比較的大きなプールを形成する。海洋DPyCにおいて大気沈着は重要な起源であることが示唆されているが、大気エアロゾル中の水溶性PyC (water soluble PyC; WSPyC) 濃度を評価した研究は3例しかなく、大気エアロゾル中のWSPyC濃度の制御要因の解明にはさらなる観測が必要である。本研究では大気エアロゾル中のWSPyC濃度の制御要因の解明のため、WSPyC濃度とその他様々な炭素パラメータとの関係性を調べた。
本研究では札幌市中心部において、ハイボリウムエアロゾルサンプラーを用い2022年9月19日から2023年9月28日にかけて大気中の全浮遊粒子を採取した。エアロゾル試料中の、元素状炭素(elemental carbon ; EC)濃度および有機炭素(organic carbon ; OC)濃度は熱分離・光学補正方式を用いたOC/EC分析装置により、水溶性有機炭素(water soluble organic carbon ; WSOC)濃度は高温酸化触媒法を用いた全有機炭素分析装置により、測定を行った。また、WSPyC濃度の分析にはベンゼンポリカルボン酸(Benzene polycarboxylic acid ; BPCA)法を用い、高速液体クロマトグラフィーで分離定量した。さらに、WSOCの光吸収パラメータを紫外可視分光光度計により求め水溶性ブラウンカーボン(water soluble brown carbon ; WSBrC)の指標とした。
本研究で観測されたWSPyC濃度(平均0.013±0.01 µgC/m³)は、先行研究で求められた西部北太平洋の外洋域で採取されたエアロゾル (Bao et al., 2019) やマレーシアで観測された化石燃料燃焼起源エアロゾル (Geng et al., 2021) と同程度であり、バイオマス燃焼の影響を強く受けていない事が示唆された。また、大気エアロゾル中の炭素パラメータの季節平均濃度は、すべて春(3~5月)で最大となった。春を除き、燃焼および生物由来のパラメータ (OCおよびWSOC) の平均濃度は夏(6~8月)に得られたサンプルで比較的高かった(OC : 2.2±0.4 µgC/m³, WSOC :1.1±0.3 µgC/m³)のに対し、燃焼由来のパラメータ (EC、WSBrC、WSPyC) の平均濃度は冬に比較的高かった(EC :0.5±0.2 µgC/m³, WSBrC: 0.05±0.01 Mm⁻¹, WSPyC : 0.018±0.007 µgC/m³)。
季節毎のWSPyC濃度と他パラメータの相関関係に加え、観測点でのローカルな風向風速データおよび後方流跡線解析の結果から、春はEC濃度との相関関係が強く(r=0.88, p<0.001)、ローカルおよび大陸からの化石燃料燃焼由来WSPyCの寄与が示唆された。秋にはWSBrC(r=0.96, p<0.001)との相関関係がEC(r=0.58, p=0.03)より強く、ローカルおよび大陸からのバイオマス燃焼由来WSPyCの寄与が他の季節に比べ大きいことが示唆された。冬にはWSBrC(r=0.69, p=0.01)とEC(r=0.69, p=0.008)との相関関係が同程度であったが、高いWSPyC/WSOCやWSPyC/ECが最も高く、大陸からのバイオマス燃焼を含む燃焼由来WSPyCの寄与が示唆された。一方、夏にはどのパラメータとも有意な相関関係は見られず、燃焼の影響を受けていない空気塊との混合によりWSPyCが希釈されていることが考えられた。これらのことから、札幌市中心部の大気エアロゾル中WSPyC濃度は燃焼起源の違いを含む空気塊の起源によって制御されていることが示唆された。