日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-AS 大気科学・気象学・大気環境

[A-AS09] 大気化学

2024年5月27日(月) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:入江 仁士(千葉大学環境リモートセンシング研究センター)、中山 智喜(長崎大学 大学院水産・環境科学総合研究科)、石戸谷 重之(産業技術総合研究所)、江波 進一(国立大学法人筑波大学)

17:15 〜 18:45

[AAS09-P18] 対流圏における飽和脂肪酸の紫外光吸収の再評価とその大気化学への意義

*齊藤 翔大1、沼舘 直樹2、寺岡 秀将1江波 進一2、小林 広和1羽馬 哲也1 (1.東京大学、2.筑波大学)

キーワード:脂肪酸、光化学反応、揮発性有機化合物、室内実験研究

飽和脂肪酸は生物が排出する代表的な有機物であり、海洋表面や海洋エアロゾルに含まれる重要な物質である。近年、この飽和脂肪酸の光化学反応が地球大気化学において注目を浴びるようになった。例えば2016年には飽和脂肪酸が光化学反応を引き起こすことで、揮発性有機化合物(アルケン、飽和アルデヒドなど)を放出するという室内実験研究が報告されている[1]。この実験研究を皮切りに、脂肪酸の光化学反応は対流圏における揮発性有機化合物の新たな発生源として注目されるようになり、盛んに研究が行われている[2-4]。この脂肪酸の光化学反応を定量化し、地球大気への影響を見積もるためには、飽和脂肪酸の光吸収を正確に定量する必要がある。しかし、飽和脂肪酸の250 nmより長波長の光吸収断面積とその物理化学的な起源は、1931年に報告されて以来[5]、今日に至るまで未解明のままであった。本研究では、脂肪酸の光吸収断面積を正確に定量化するために、代表的な飽和脂肪酸の一種であるノナン酸(炭素数9の直鎖飽和脂肪酸)試薬について再結晶法により精製し、純粋なノナン酸の正確な光吸収スペクトル測定を行った。
ノナン酸試薬を精製するために、独自に開発した再結晶装置を用いて、15回に渡って再結晶を行った。精製したノナン酸の光吸収断面積を190-310 nm の広い波長域で定量的に測定するために、通常の石英セルでの測定に加えて、吸収の強い短波長領域(190-240nm)では液膜法で測定を行った。この測定法により光路長を0.01 mm から90 mmに渡って、9000倍変えることで紫外吸収スペクトルを測定した。
精製したノナン酸の吸収スペクトルを測定したところ、250-310 nmの吸収が消失し、これまで報告されていたノナン酸の吸収は試薬に含まれる微量(最大でも0.1%)の不純物に由来することがわかった。得られた精製ノナン酸の吸収スペクトルから光吸収断面積の上限値を計算したところ、波長295 nmで1.3×10-23 cm2と求められた。得られたノナン酸の光吸収断面積と対流圏の太陽光フラックスから対流圏におけるノナン酸の光分解速度は最大でも1.0×10−9 s−1であり、ノナン酸の光吸収断面積と光分解速度は十分に小さいことが明らかとなった。また、ノナン酸試薬を核磁気共鳴分光法により解析したところ、不純物として含まれているケトンが光吸収に影響していたことを明らかにした。
本研究結果はこれまでの対流圏(太陽光波長λ>295 nm)を想定した飽和脂肪酸の光反応実験は全て不純物に汚染されている可能性を示唆し、実験結果を再解釈する必要性を示している[6]。

[1] S. Rossignol et al., Science, 353, 699 (2016).
[2] T. H. Bertram et al., Chem. Soc. Rev.. 47, 2374-2400 (2018).
[3] G. A. Novak et al., Acc. Chem. Res., 53, 1014-1023 (2020).
[4] N. Numadate, J. Phys. Chem. Lett., 13, 8290-8297 (2022).
[5] O. Hartleb et al., Strahlentherapie, 39, 442 (1931).
[6] Saito et al., Sci. Adv., 9, 38, eadj6438. (2023)