日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG38] 沿岸海洋生態系-2.サンゴ礁・藻場・マングローブ

2024年5月29日(水) 13:45 〜 15:15 301A (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:梅澤 有(東京農工大学)、樋口 富彦(東京大学大気海洋研究所)、中村 隆志(東京工業大学 環境・社会理工学院)、渡辺 謙太(港湾空港技術研究所)、座長:梅澤 有(東京農工大学)、樋口 富彦(東京大学大気海洋研究所)、中村 隆志(東京工業大学 環境・社会理工学院)、渡辺 謙太(港湾空港技術研究所)

14:25 〜 14:40

[ACG38-03] サンゴ礁礁池に発達する海草藻場の堆積促進作用とそれに対するウミガメ食害の影響について

*宮島 利宏1中村 隆志2渡邉 敦3、森本 直子1,4、灘岡 和夫2 (1.東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系、2.東京工業大学 環境・社会理工学院 融合理工学系、3.笹川平和財団 海洋政策研究所、4.筑波大学)

キーワード:海草藻場、堆積物、赤土、食害、サンゴ礁、緩衝効果

海洋浅海域に分布する海草藻場は、その流体抵抗により波浪や流れを弱めて底面せん断力を低減させることによって再懸濁を抑えるとともに、発達した根系により高波浪時の外乱に対抗して表層底質を保持することによって、堆積を促進して安定化させる機能を有する。特に、陸域に近接して発達したサンゴ礁(裾礁)の礁池側に生育する海草の群落は、河川から流入する砕屑性懸濁物(沖縄では赤土と呼ばれる)を捕集して藻場内に堆積させることによって赤土がサンゴの生息域に及ぶのを防ぎ、サンゴを過剰な赤土流入による衰弱から守っていると考えられている。しかしながら沖縄、特に八重山諸島の沿岸では、アオウミガメによる海草の食害が近年顕在化し、礁池内の海草藻場が急速に矮小化したり、完全に消滅してしまう事例が多発している。
 本研究では、2020年頃からウミガメによる激しい食害を受けた石垣島の白保サンゴ礁(24.3°–24.5°N 124.2°–124.3°E)の海草藻場を対象として事例研究を行った。セディメントトラップを多点設置する方法を用いて、①河川から流入して沈積している赤土が再懸濁してサンゴ生息域に流入するのを海草藻場が実際に防いでいることを確認するとともに、②食害による矮小化に伴う海草藻場の機能低下が堆積物の動きにどのような影響を及ぼすのかを調査した。また堆積物の再懸濁と輸送を支配する物理条件を推定するために、Nakamura et al. (2018)のモデルに改良を加えた流動場モデルを用いて、トラップの設置地点(50 mグリッド)における設置期間中の平均移流速度と最大底面せん断応力を求めた。
 主要な結果は以下の通りである。

1.セディメントトラップによる捕集物は、有機物含有率が低く(乾燥重量(DW)比 <12%)、水柱内の浮遊粒子とは異なる炭素・窒素安定同位体比を持つことから、浮遊粒子由来ではなく、おもに河川流入または再懸濁によりもたらされた堆積物粒子の水平移送を反映しているものと解釈される。
2.海草藻場が健全である2018年以前では、礁池内でのセディメントトラップによる粒子捕集量は少数の例外を除いて2.5 g DW m–2 h–1以下であった。植生のない砂地では捕集量は最大底面せん断応力と正の相関を示したが(p < 0.05)、海草藻場やサンゴ生息地においてはそのような関係は認められなかった(p > 0.3)。
3.捕集物の組成(DW比)は、海草藻場内では赤土(酸不溶性の鉱物粒子)が最高80%を占めたが、藻場外では炭酸塩が主成分となり、特にサンゴ生息地内では赤土含有率が20%を超えることはなかった。海草藻場以外では、捕集物中の赤土含有率は水平移流速度と有意な正の相関があったが(p < 0.0001)、海草藻場内ではこのような相関はなかった(p > 0.5)。
4.アオウミガメによる激しい食害により海草の平均葉長と株密度が顕著に低下した2022年以降は、海草藻場内でのトラップ捕集量が激増し、最大底面せん断応力は同程度(0.5 – 3.0 N m–2)であるにもかかわらず10 g DW m–2 h–1を超える捕集量がたびたび観測された。また海草藻場内でもトラップ捕集量と最大底面せん断応力との有意な正の相関が認められるようになった(p < 0.001)。

 以上の結果は、トラップで捕集される浮遊物が主として底面せん断応力による堆積粒子の再懸濁に由来すること、サンゴ礁礁池に分布する海草藻場が物理場の影響に抗して堆積物の再懸濁を抑制するとともに、陸域側からの土壌粒子を藻場内に保持して再懸濁による藻場外への流出を防いでいることを示唆している。またこうした海草藻場の機能は、ウミガメによる食害を受けた現在では著しく劣化していることが明らかになった。今後の課題として、食害による海草藻場の減退が堆積物水平移送の増大を通してサンゴの生息環境と代謝にどのような影響を及ぼしているのか、また海草藻場内の堆積物の組成、特に炭素貯留機能にどのような変化をもたらしているのかについて、中長期的なモニタリングによって評価していく必要がある。

Nakamura, T. et al. (2018) Coral Reefs, 37, 37-53. doi:10.1007/s00338-017-1632-3

※本研究は科学研究費補助金(課題番号20121007, 25291098, 18H03354)ならびに環境研究総合推進費(体系的課題番号JPMEERF20224M01)の支援により実施された。