日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG42] 北極域の科学

2024年5月30日(木) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:島田 利元(宇宙航空研究開発機構)、堀 正岳(東京大学大気海洋研究所)、川上 達也(北海道大学)、柳谷 一輝(宇宙航空研究開発機構)

17:15 〜 18:45

[ACG42-P09] 北半球海氷域の力学的変数の海域別特性および経年変化

*豊田 威信1、木村 詞明2、ハッチングス ジェニファー3 (1.北海道大学、2.東京大学、3.オレゴン州立大学)

キーワード:海氷、北極域、海氷変形過程、海氷レオロジー

ここ数十年にわたって北半球の海氷域面積は顕著な減少傾向にあり、北極海では季節海氷域化が進みつつある。面積のみならず氷厚の減少も著しく、2007年を境に氷厚分布にレジームシフトが生じたとも指摘されている(Sumata et al., 2023)。このような顕著な氷況変化は海氷のふるまいに様々な波及効果が発生することが想定される。実際、北極海では海氷漂流速度の増大、開放水面の有義波高の増大、粒状氷の割合の増加などが報告されている。それでは海氷変形過程に関連する力学的な場も変化しつつあるのだろうか?という問いかけが本研究の動機である。この課題は海氷レオロジーと密接に関連しており、数値海氷モデルでは十分に吟味されないまま従来の手法が踏襲されてきた経緯がある。海氷変動に伴う今後の気候変化を予測する上では重要な課題であるが、観測データに基づいた議論は十分になされていないと思われる。そこで、ここ20年間(2002-2022)の漂流速度グリッドデータを用いて解析を行った結果について報告する。
漂流速度データはAMSR-E&2から面相関法により求めたものであり、グリッド間隔は60 kmである。解析ではNSIDCに基づき北半球海氷域を12の海域に区分し、冬期間(12月~4月)を対象として力学的パラメータ(漂流速度、海氷歪み速度の大きさ、歪み速度のシアー・収束成分など)の特性に着目した。力学的環境変化の指標としては、塑性的なふるまいを仮定して粘塑性海氷レオロジーの楕円型降伏曲線のアスペクト比(e)の最適値を取り扱った。これは、eは様々な物理過程をシンプルに表現し、数値海氷モデルに直接関与するパラメータであるためである(Hiblerモデルではe=2)。Rothrock (1975) の理論によれば、等方的な塑性体としてふるまう海氷の内部応力のなす仕事がすべてリッジングに消費されるとすれば、eは1.73~2 の値を取ることが導出される。e>2と見積もられればリッジング以外(例えば氷盤間の側面摩擦)にもエネルギーが消費されることを意味し、e<1.73 であれば海氷レオロジーの前提に再考の余地があることを示唆する。そこで、漂流速度分布からeの最適値を求める手法(Stern et al., 1995; Toyota and Kimura, 2018)を用いて各海域の代表的なeの最適値を見積もり、その年々変動を調べれば、各々の海域の変形過程に関わる力学的特性とその経年変化が見出せることが期待される。eの最適値を力学的環境変化の指標とするもう一つのメリットは、粘塑性レオロジーを採用したHiblerモデルの妥当性を検証できると同時に、解析結果をモデルに反映しやすい点もある。氷厚分布に見られたようなレジームシフトが見られるかどうかにも着目して解析した。
解析の結果、まず北極海内の漂流速度については平均的な速度は10 cm s-1前後、経年変動は10~15% decade-1で増加傾向がみられ過去の見積もり(e.g. Spreen et al., 2011)とほぼ合致することが確認された。また、北極海における変形過程には収束成分よりもシアー成分が重要な役割を果たしていることもわかった。冬期間全体にわたる平均的なeの最適値はどの海域も2に近い値を取り、Hiblerモデルがある程度有用であることが示された。一方、海域ごとの特徴もみられ、比較的大きな海域はボーフォート海(~2.0)とグリーンランド海(~2.3)、比較的小さな海域はハドソン湾(~1.7)であった(図)。ボーフォート海では顕著なeの増加傾向が認められ、歪み速度のシアー成分も増加傾向があることを考慮すれば、氷盤間の側面摩擦の効果がより顕著になりつつあることを示すと考えられる。ただし、2007年を境とするレジームシフトはいずれの力学的変数にも見られず、海氷の氷厚分布の著しい変化が力学的変数に与えた影響は現時点では比較的少ないとみられる。