[H-DS10] 防災リテラシー

[HDS10-P08] 感情制御特性はどのような神経基盤で津波避難意思決定を促進するか；fMRI研究

*田久保 将人^1,2、杉浦 元亮^2,3、石橋 遼⁴、三浦 直樹⁵、田邊 亜澄^2,3 (1.東北大学医学部医学科、2.東北大学加齢医学研究所、3.東北大学災害科学国際研究所、4.情報通信研究機構脳情報通信研究センター、5.東北工業大学工学部)

キーワード：防災、津波、避難行動、意思決定、fMRI、感情制御

迅速・主体的な避難など、人間の災害情報に対する適応的反応の心理過程を理解することは、防災教育など防災リテラシーの向上に向けた、効果的・効率的な災害コミュニケーション戦略に貢献すると期待される。災害避難は「正常化バイアス」といった概念に象徴されるように、無意識的な認知バイアス過程が重要な役割を演じることから、質問紙等の意識的・言語的回答に基づいた研究方法には限界がある。この点で、心理過程を脳内ネットワークの活動として可視化する脳計測実験はこの限界を克服できる可能性がある。
　今日代表的な脳計測実験系である機能的MRIを用いて、地震発生時の津波避難意思決定過程を研究するために、我々は架空災害シナリオを用いた避難意思決定課題を開発した(Takubo et al., 2024)。この課題で、実験参加者は、主観的な津波発生リスクの程度が異なる40の架空の地震遭遇シナリオについて、実験的に避難意思決定（避難する／しない）を行った。課題の妥当性検証のためのウェブ実験ではこの意思決定の個人差パターンに大きく４つの因子が抽出され、その第１因子である「リスク感受性」はシナリオの主観的津波発生リスクにかかわらず、避難する傾向に相当した。このリスク感受性は、2011年の東日本大震災で迅速な津波避難に関係していた「感情制御」（災害適応的な心理行動特性「災害を生きる力」８因子(Sugiura et al., 2015)の一つ）と正相関が見られ、この課題での避難意思決定の心理過程が、実際の津波避難意思決定と共通していることが示唆された。
本研究では、災害情報に対する適応的反応の心理過程を理解するために、津波避難意思決定時の脳活動が、「感情制御」特性と相関する脳ネットワークを探索した。

方法：58名の20代成人(男性31名・女性27名；21.51±1.30(SD)歳)を対象としたfMRI実験を行った。参加者は、60試行の津波避難意思決定課題(数値シナリオ20問・感覚シナリオ20問・統制用シナリオ20問；１避難するor２避難しない)を行い、回答中の脳活動をfMRIにより計測した。各被験者は「災害を生きる力」質問紙にも回答した。具体的には、感情制御特性については、「辛い時に、これが将来自分のプラスになると思って前向きに取り組む」「辛い時にくよくよ考えないように努力する」という2質問を6段階評価(0=全く当てはまらない/5=非常に当てはまる)で回答した。解析にはSPM解析を用い、従属変数としては、画素ごとの脳活動(血流量変化)推定値を採用した。独立変数としては、「災害を生きる力」8因子のスコアを採用した。

結果：感情制御特性スコアと正に相関する有意な領域が島皮質(INS)と前帯状皮質(ACC)において発見された(図2)。

考察：感情反応領域、特に島皮質(INS)は恐怖症における防衛規制への関与が知られ(Wendt et al., 2007)、本研究ではこの反応が避難促進的に働く感情制御特性との負相関として現れた。また、ACCも恐怖反応の準備過程への関与が示唆されている(Grupe et al., 2012)。このことから、この脳領域の反応は心理防衛規制が避難意思決定を妨げる過程を反映している可能性がある。