17:15 〜 18:45
[HDS11-P08] Physics-Informed Neural Network (PINN) による津波のデータ同化

キーワード:津波、PINN、データ同化
1.背景と目的
S-netをはじめとする稠密な津波観測網の整備により、津波の初期波源を推定することなく、観測データから波動場を直接推定するデータ同化が現実的となった。これまでに提案された最適内挿法(Maeda et al. 2015 GRL)やAdjoint法(前田 2023 SSJ)による津波のデータ同化は、津波方程式の差分計算をベースとし、格子点上で定義された波高や流束の最適値を時間を追って推定する。
これに対し、本研究では津波波動場をNeural Network(NN)を用いて評価する新しい同化手法を提案する。NNは連続関数を近似表現する能力を持ち、限られた点での観測データを内挿して現実の波動場を再構築することができる。しかし、単なる内挿では、データの乏しい領域では正しく同化することができない。そこで、本研究ではPhysics-Informed Neural Network(PINN、Raissi et al. 2019 JCP)に基づき、データだけでなく津波伝播の物理法則を考慮したNNの訓練を行うことで、データのみで訓練する従来のNNに比べて同化精度の向上を検討した。
2.手法
本研究では、実観測データを用いる前段階として、津波伝播シミュレーション(JAGURS、Baba et al. 2015 PAGEOPH)による合成波形を用いてPINNの数値実験を行った。
津波波動場の同化と予測に用いるPINNは、時空間(x,y,t)の入力値に対して、波高ζと積分流束(M,N)を出力する(Fig. 1)。損失関数として、
(a)L_data:波高の観測値とPINNの推定値の二乗誤差の全観測点についての和(PINNをデータの面から拘束)
(b)L_PDE:(x,y,t)空間内のCollocation Pointsで計算した津波方程式の2乗残差の合計(PINNを物理的に拘束)
(c)L_BC:沿岸の点でM=N=0という境界条件を満たすための拘束
の3つを考え、(a)(b)(c)の合計が最小となるよう訓練を行なった。津波方程式で水深分布D(x,y)は既知として与え、陸域ではD=0とした。
訓練されたNNを用いて、各観測点における波形や各時刻における波動場の推定値を計算し、PINNの性能評価に用いた。
なお、PINNの設計にはPythonライブラリであるDeepXDE(Lu et al. 2021 SIAM review)を用いた。
3.結果と考察
JAGURSを用いて、2011年東北地方太平洋沖地震による津波波形を計算した。また、同化・予測波動場の検証のために必要な「正解」波動場もJAGURSにより計算した。PINNの訓練に用いたデータは、S-netや検潮所等での波高データと、海岸線に沿った仮想観測点での津波流束データ(簡単のためM=N=0とする)である。また、計算を安定化させるためのデータ拘束として、陸域にも仮想観測点を配置し、全時間にわたってζ=0のデータが得られるとした。
(1)津波波動場の同化実験
まず、t=0〜60分の観測データ(サンプリング間隔30秒)を使用して、同期間の津波波動場の同化を試みた。その結果、データのみで拘束するNN(物理拘束、境界条件なし)では、観測点での津波波高はよく再現できたが、観測点の外では非物理的な波が現れるなど同化精度は低くなった(Fig. 2 中段)。これに対して物理拘束と境界条件を加えたPINNでは、評価領域全体で正解と一致した滑らかな津波波動場を再現できた(Fig. 2 下段)。ただし、物理拘束を与えた場合でも、海岸線の入り組んだ沿岸部での複雑な反射波・散乱波の同化は難しいようである。
(2)津波波動場の予測実験
次に、初期(t=0〜10分)の観測データ(サンプリング間隔10秒)のみを用いて、以降の時刻(t=40分まで)の津波波動場の予測性能を検証した。沖合における津波の伝播過程は正しく予測できた一方、沿岸付近での津波とその反射波は実際の津波と食い違いが見られた(Fig. 3 下段)。沿岸付近の複雑な海岸線地形をPINNの拘束条件として適切に取り込むことが今後の課題である。
4.今後の展望
本実験でPINNの訓練に要した時間は、東大情報基盤センターのWisteria-aスパコン(8GPU並列)で20〜30分程度であり、従来のデータ同化手法と計算コストは同程度である(訓練済みのPINNによる推定波形の計算は、CPU上で瞬時に実行可能である)。ニューロンの重みの最適化を初期状態から始めるのではなく、別の津波イベントを表すニューロンの重みから開始することにより(転移学習)、さらなる高速化が実現できる可能性がある。
また、今回の数値実験の結果を踏まえ、今後はS-net等で実際に観測されたデータ(2016年福島県沖津波など)を用いた同化実験を行う予定である。
S-netをはじめとする稠密な津波観測網の整備により、津波の初期波源を推定することなく、観測データから波動場を直接推定するデータ同化が現実的となった。これまでに提案された最適内挿法(Maeda et al. 2015 GRL)やAdjoint法(前田 2023 SSJ)による津波のデータ同化は、津波方程式の差分計算をベースとし、格子点上で定義された波高や流束の最適値を時間を追って推定する。
これに対し、本研究では津波波動場をNeural Network(NN)を用いて評価する新しい同化手法を提案する。NNは連続関数を近似表現する能力を持ち、限られた点での観測データを内挿して現実の波動場を再構築することができる。しかし、単なる内挿では、データの乏しい領域では正しく同化することができない。そこで、本研究ではPhysics-Informed Neural Network(PINN、Raissi et al. 2019 JCP)に基づき、データだけでなく津波伝播の物理法則を考慮したNNの訓練を行うことで、データのみで訓練する従来のNNに比べて同化精度の向上を検討した。
2.手法
本研究では、実観測データを用いる前段階として、津波伝播シミュレーション(JAGURS、Baba et al. 2015 PAGEOPH)による合成波形を用いてPINNの数値実験を行った。
津波波動場の同化と予測に用いるPINNは、時空間(x,y,t)の入力値に対して、波高ζと積分流束(M,N)を出力する(Fig. 1)。損失関数として、
(a)L_data:波高の観測値とPINNの推定値の二乗誤差の全観測点についての和(PINNをデータの面から拘束)
(b)L_PDE:(x,y,t)空間内のCollocation Pointsで計算した津波方程式の2乗残差の合計(PINNを物理的に拘束)
(c)L_BC:沿岸の点でM=N=0という境界条件を満たすための拘束
の3つを考え、(a)(b)(c)の合計が最小となるよう訓練を行なった。津波方程式で水深分布D(x,y)は既知として与え、陸域ではD=0とした。
訓練されたNNを用いて、各観測点における波形や各時刻における波動場の推定値を計算し、PINNの性能評価に用いた。
なお、PINNの設計にはPythonライブラリであるDeepXDE(Lu et al. 2021 SIAM review)を用いた。
3.結果と考察
JAGURSを用いて、2011年東北地方太平洋沖地震による津波波形を計算した。また、同化・予測波動場の検証のために必要な「正解」波動場もJAGURSにより計算した。PINNの訓練に用いたデータは、S-netや検潮所等での波高データと、海岸線に沿った仮想観測点での津波流束データ(簡単のためM=N=0とする)である。また、計算を安定化させるためのデータ拘束として、陸域にも仮想観測点を配置し、全時間にわたってζ=0のデータが得られるとした。
(1)津波波動場の同化実験
まず、t=0〜60分の観測データ(サンプリング間隔30秒)を使用して、同期間の津波波動場の同化を試みた。その結果、データのみで拘束するNN(物理拘束、境界条件なし)では、観測点での津波波高はよく再現できたが、観測点の外では非物理的な波が現れるなど同化精度は低くなった(Fig. 2 中段)。これに対して物理拘束と境界条件を加えたPINNでは、評価領域全体で正解と一致した滑らかな津波波動場を再現できた(Fig. 2 下段)。ただし、物理拘束を与えた場合でも、海岸線の入り組んだ沿岸部での複雑な反射波・散乱波の同化は難しいようである。
(2)津波波動場の予測実験
次に、初期(t=0〜10分)の観測データ(サンプリング間隔10秒)のみを用いて、以降の時刻(t=40分まで)の津波波動場の予測性能を検証した。沖合における津波の伝播過程は正しく予測できた一方、沿岸付近での津波とその反射波は実際の津波と食い違いが見られた(Fig. 3 下段)。沿岸付近の複雑な海岸線地形をPINNの拘束条件として適切に取り込むことが今後の課題である。
4.今後の展望
本実験でPINNの訓練に要した時間は、東大情報基盤センターのWisteria-aスパコン(8GPU並列)で20〜30分程度であり、従来のデータ同化手法と計算コストは同程度である(訓練済みのPINNによる推定波形の計算は、CPU上で瞬時に実行可能である)。ニューロンの重みの最適化を初期状態から始めるのではなく、別の津波イベントを表すニューロンの重みから開始することにより(転移学習)、さらなる高速化が実現できる可能性がある。
また、今回の数値実験の結果を踏まえ、今後はS-net等で実際に観測されたデータ(2016年福島県沖津波など)を用いた同化実験を行う予定である。