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[HTT16-11] 糸魚川-静岡構造線と中央構造線の交点に発達した堆積層中地下微生物群集の多様性評価と不均質性の解明

キーワード:地下生命圏、メタン、諏訪盆地、糸魚川-静岡構造線、中央構造線
背景
深部地下環境は、生命圏フロンティアの1つであり、未培養の微生物が優占することが知られる。地下生命圏は一般にエネルギーと栄養素に欠乏した極限環境である。しかし、堆積層に分布する微生物生態系は、例外的に高濃度の代謝基質を利用できる場合がある。また、地下生命圏への代謝基質の供給を地下水文学の観点から明らかにする試みは、微生物生態系の構造を理解する上で重要である。このような背景から我々は諏訪盆地に着目し、有機物に富む堆積層(深度:〜300 m)に生息する微生物群集について群集構造を解析した。また、諏訪盆地において糸魚川-静岡構造線と中央構造線に関連して発達した断層や温泉(深度:〜1000 m)が地下微生物生態系に与える影響について、複数の深度から得られた試料の分析により評価した。
諏訪盆地の地質学的特性と実験手法
諏訪盆地(36.0°N, 138.1°E)は、糸魚川-静岡構造線と中央構造線の交点に位置し、構造線の活動により盆地内には多数の断層と温泉が分布する。これらの地質学的特徴により、地下深部から地表を繋ぐ巨大な物質循環が形成されていると考えられる。諏訪湖における先行研究では、断層に沿った地表へのメタン湧出が報告されている[1]。また、メタン以外にも微生物のエネルギー源や還元剤となり得る化合物が地下深部から上層の生態系に供給される可能性が考えられる。
本研究では、諏訪盆地の地表から深度約300 mまでを占める堆積層[2,3]に分布する微生物生態系を対象とした。この堆積層中の地下水には高濃度で有機態炭素が含まれており(13 – 20 mg-C/L) [4]、活発な代謝活動を支えるポテンシャルを有する。また、複雑な水理地質構造に起因する幅広い地球化学的条件(イオン組成や酸化還元状態)に応答して、メタンを基点とした多様な微生物生態系が分布すると考えられる。本研究では、この堆積層中の地下生命圏に焦点を当て、群集構造を制約する環境要因を推定した。さらに、地下深部からの代謝基質の供給を評価する目的で、温泉水(最大深度:1000 m)の水質分析を行った。
堆積層中の地下水及びガス試料は、3つの井戸を使用して2深度(10 〜 100m)から取得した。ガス試料は、井戸口から真空バイアルに直接採取した。上諏訪温泉水は7か所の源泉から採取した(最大深度:1000m)。微生物細胞は濾過(孔径:0.3 µm)によって採取し、濾液は主要イオン種及び微量元素の分析に供した。これらのサンプルを使用して、有機、無機地球化学的手法による分析と同位体比分析(δ13C, δD, δ15N, Δ14C)を並行して行った。さらに、SSU rRNA遺伝子解析と膜脂質の定量による微生物群集構造解析を行った。陽イオン (e.g., Na, Mg, Fe) 及び陰イオン (e.g., Cl, F) 分析は、イオンクロマトグラフィー及び誘導結合プラズマ質量分析の手法により行った。
結果・考察
メタンの炭素及び水素安定同位体比分析(δ13CCH4-δDCH4)の結果から、堆積層中のメタンはメタン生成アーキアに由来することが示され、炭素基質としてはメチル化合物と二酸化炭素の両方が示唆された[5]。また、温泉水試料中の微生物群集には高い優占度で水素資化性微生物が認められ、地下深部からの水素 (H2) 供給がメタン生成を支えている可能性が示唆された。さらに、地下水試料には共通して好気メタン酸化細菌の優占が見られ、堆積層中の地下生命圏におけるメタンの炭素源としての重要性が強く示唆された。このほか、化学合成従属栄養細菌も優占種として検出された。このように堆積層から得られた地下水試料の間で主要な代謝形態は類似していた一方で、優占する微生物系統は試料採取地点によって綱レベルで異なっていた。本発表では、諏訪盆地の堆積層中地下生命圏に見られた不均質性と、その要因として考えられる地下深部からの物質供給について、より詳細な結果の提示とそれに基づく議論を行う。
[1] Urai et al., 2022. ACS Earth Space Chem., 6, 1689-1697.
[2] Motojima et al., 1952. Bull. Geol. Survey Jpn., 3, 644-649 (in Japanese)
[3] Hatano et al., 2023. Palaeogeogr. Palaeoclimatol. Palaeoecol., 111439.
[4] Miyabara 2012. Ann. Environ. Sci., Shinshu Univ., 34, 10-16 (in Japanese)
[5] Whiticar 1999, Chem. Geol., 161, 291-314
深部地下環境は、生命圏フロンティアの1つであり、未培養の微生物が優占することが知られる。地下生命圏は一般にエネルギーと栄養素に欠乏した極限環境である。しかし、堆積層に分布する微生物生態系は、例外的に高濃度の代謝基質を利用できる場合がある。また、地下生命圏への代謝基質の供給を地下水文学の観点から明らかにする試みは、微生物生態系の構造を理解する上で重要である。このような背景から我々は諏訪盆地に着目し、有機物に富む堆積層(深度:〜300 m)に生息する微生物群集について群集構造を解析した。また、諏訪盆地において糸魚川-静岡構造線と中央構造線に関連して発達した断層や温泉(深度:〜1000 m)が地下微生物生態系に与える影響について、複数の深度から得られた試料の分析により評価した。
諏訪盆地の地質学的特性と実験手法
諏訪盆地(36.0°N, 138.1°E)は、糸魚川-静岡構造線と中央構造線の交点に位置し、構造線の活動により盆地内には多数の断層と温泉が分布する。これらの地質学的特徴により、地下深部から地表を繋ぐ巨大な物質循環が形成されていると考えられる。諏訪湖における先行研究では、断層に沿った地表へのメタン湧出が報告されている[1]。また、メタン以外にも微生物のエネルギー源や還元剤となり得る化合物が地下深部から上層の生態系に供給される可能性が考えられる。
本研究では、諏訪盆地の地表から深度約300 mまでを占める堆積層[2,3]に分布する微生物生態系を対象とした。この堆積層中の地下水には高濃度で有機態炭素が含まれており(13 – 20 mg-C/L) [4]、活発な代謝活動を支えるポテンシャルを有する。また、複雑な水理地質構造に起因する幅広い地球化学的条件(イオン組成や酸化還元状態)に応答して、メタンを基点とした多様な微生物生態系が分布すると考えられる。本研究では、この堆積層中の地下生命圏に焦点を当て、群集構造を制約する環境要因を推定した。さらに、地下深部からの代謝基質の供給を評価する目的で、温泉水(最大深度:1000 m)の水質分析を行った。
堆積層中の地下水及びガス試料は、3つの井戸を使用して2深度(10 〜 100m)から取得した。ガス試料は、井戸口から真空バイアルに直接採取した。上諏訪温泉水は7か所の源泉から採取した(最大深度:1000m)。微生物細胞は濾過(孔径:0.3 µm)によって採取し、濾液は主要イオン種及び微量元素の分析に供した。これらのサンプルを使用して、有機、無機地球化学的手法による分析と同位体比分析(δ13C, δD, δ15N, Δ14C)を並行して行った。さらに、SSU rRNA遺伝子解析と膜脂質の定量による微生物群集構造解析を行った。陽イオン (e.g., Na, Mg, Fe) 及び陰イオン (e.g., Cl, F) 分析は、イオンクロマトグラフィー及び誘導結合プラズマ質量分析の手法により行った。
結果・考察
メタンの炭素及び水素安定同位体比分析(δ13CCH4-δDCH4)の結果から、堆積層中のメタンはメタン生成アーキアに由来することが示され、炭素基質としてはメチル化合物と二酸化炭素の両方が示唆された[5]。また、温泉水試料中の微生物群集には高い優占度で水素資化性微生物が認められ、地下深部からの水素 (H2) 供給がメタン生成を支えている可能性が示唆された。さらに、地下水試料には共通して好気メタン酸化細菌の優占が見られ、堆積層中の地下生命圏におけるメタンの炭素源としての重要性が強く示唆された。このほか、化学合成従属栄養細菌も優占種として検出された。このように堆積層から得られた地下水試料の間で主要な代謝形態は類似していた一方で、優占する微生物系統は試料採取地点によって綱レベルで異なっていた。本発表では、諏訪盆地の堆積層中地下生命圏に見られた不均質性と、その要因として考えられる地下深部からの物質供給について、より詳細な結果の提示とそれに基づく議論を行う。
[1] Urai et al., 2022. ACS Earth Space Chem., 6, 1689-1697.
[2] Motojima et al., 1952. Bull. Geol. Survey Jpn., 3, 644-649 (in Japanese)
[3] Hatano et al., 2023. Palaeogeogr. Palaeoclimatol. Palaeoecol., 111439.
[4] Miyabara 2012. Ann. Environ. Sci., Shinshu Univ., 34, 10-16 (in Japanese)
[5] Whiticar 1999, Chem. Geol., 161, 291-314