日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2024年5月29日(水) 10:45 〜 12:00 105 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、谷水 雅治(関西学院大学)、座長:SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)

11:00 〜 11:15

[HTT16-12] 街路樹の炭素安定同位体比から人間活動の影響を診断する―COVID19による産業活動の停滞と回復の影響―

*半場 祐子1、岡本 耀介1、松浦 拓海1、松本 真由1、久米 篤2 (1.京都工芸繊維大学、2.九州大学)

キーワード:炭素安定同位体比、光合成、大気汚染、気孔、交通量

都市の道路沿いなどに植栽されている街路樹は、光合成による二酸化炭素の吸収、大気汚染物質の吸収や捕捉、緑陰形成による高温化抑制などの多くの効用を持つ。光合成は街路樹の生長や生存を支えるもっとも基本的かつ重要な働きであるため、光合成活性を維持することは、都市で樹木が生存していくためには必須である。しかし都市環境特有の様々なストレスは、街路樹の光合成活性を低下させている可能性がある。街路樹がその機能を最大限に発揮するためには、街路樹の光合成機能評価を行うことが有効であると考えられる。我々は、炭素安定同位体比(δ13C)を用いて気孔の平均的開度を推定することにより、街路樹の光合成機能評価をこれまでに行ってきた。

自動車から排出される二酸化窒素(NO2)などの大気汚染物質は、街路樹の光合成に最も影響する要因のうちの1つである。しかし、都市大気中のNO2濃度のレベルで、街路樹の光合成にどのような影響が現れるのかについては、統一した知見がないのが現状である。我々は、葉に含まれる光合成産物の炭素安定同位体分別(Δ13C)に着目し、大気汚染レベルとΔ13Cとの関係を調査した。その結果、街路樹の樹種によってNO2への影響が大幅に異なることが明らかになり、低木の街路樹であるヒラドツツジでは、NO2は気孔を閉鎖させることによる光合成機能への悪影響が明瞭であった一方、高木であるイチョウについては、NO2の光合成機能への影響は限定的であった。

これらの結果を踏まえると、都市において大気中NO2の濃度が低下するようなイベントが発生した場合、NO2の影響を受けやすいヒラドツツジでは、光合成への悪影響が緩和される可能性がある。NO2の主な排出源は大型車(トラック)であり、大型車の通行台数は産業活動を強く反映していることから、産業活動を低下させるようなイベントが生じた時期には、元々大気汚染物質濃度が高い都市中心部などにおいても、光合成があまり低下しなくなる可能性がある。2020年から始まったCOVID19の流行は、日本も含めて世界的な産業活動の低下を引き起こした。2015年、2021年に行われた交通センサスによると、2021年は2015年に比べ、大型車交通量は約19%も減少している。一方、2023年初旬以降は、COVID19の影響は緩和されつつあり、産業活動も回復傾向にある。

このようなCOVID19による産業活動の停滞と回復によるNO2濃度の変化が、街路樹の葉の光合成機能にどのように現れているのかを調べるため、次のような調査を行った。

(1)交通量が異なり、大気中の窒素酸化物の濃度が異なると予想される調査地を2005年〜2023年に京都市内を中心として選定し、低木の街路樹であるヒラドツツジ、高木の街路樹であるソメイヨシノおよびイチョウの葉を採取してΔ13Cを算出する。
(2)COVID19の影響があった期間と、その影響がない期間との間で、Δ13Cにどのような差異があるかを明らかにする。

まず京都市における2005年−2023年のNO2濃度を解析したところ、特に交通量が多い大気汚染物質観測局において、2020年、2021年、2022年に落ち込みがみられたことから、COVID19による影響が二酸化窒素濃度の減少となって現れていることが明らかになった。一方、2023年には、NO2濃度の落ち込みは、やや緩和されていた。葉のΔ13C解析を行い、COVID19の影響を受けた2020-2023年のΔ13Cと、COVID19の影響がなかった期間のΔ13Cとを比較した。その結果、ヒラドツツジにおいては、2020-2023年の間には、NO2による気孔閉鎖が緩和された可能性が示された。一方、2020年-2022年と2023年とを比較した場合、2023年には産業活動回復の影響が見られると予想していたが、Δ13Cの値からは、そのような影響は明瞭には見られなかった。本発表では、ソメイヨシノ、イチョウなど他の樹種についても同様の解析を行った結果も併せて報告する予定である。

この研究は、科研費19H04281、23H0552および一般社団法人 京都知恵産業創造の森 令和5年度 産学連携共同研究開発事業 による助成を受けています。