日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2024年5月29日(水) 10:45 〜 12:00 105 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、谷水 雅治(関西学院大学)、座長:SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)

11:15 〜 11:30

[HTT16-13] 安定同位体比と有機元素組成に基づく姉川湖成層のヒ素の起源と堆積過程

*益木 悠馬1板山 由依1南 雅代2丹羽 正和3、由水 千景4陀安 一郎4勝田 長貴1 (1.岐阜大学、2.名古屋大学宇宙地球環境研究所、3.日本原子力研究開発機構 東濃地科学センター、4.総合地球環境学研究所)

キーワード:ヒ素、湖成層、安定同位体比

滋賀県北東部・姉川上流域に分布する2つの段丘崖には、伊吹山の地滑りで生じたせき止め湖の湖成層が露出する。植物片の放射性炭素年代から、上位の湖成層は約35,000年前(以下、古期湖成層)、下位は約5,000年前(新期湖成層)に形成されたものである(小嶋ほか, 2006)。これまでの著者らによる新期湖成層の分析から、大陸地殻の約35倍の高濃度ヒ素が検出され、そのヒ素は硫化物として存在することが示された。また、湖成層のヒ素は、湖成層の硫黄安定同位体比(δ34STS)分析から、流域に分布する緑色チャート中の硫化物を起源とし、その硫化物酸化により溶出したものである可能性が示された。本研究では、古期湖成層の化学鉱物組成と安定同位体比分析を実施し、新期と古期湖成層の分析結果の比較から、湖成層中ヒ素の起源と堆積過程を検討した。
湖成層試料は、2か所の露頭から連続採取(古期:全長162 cm、新期:83 cm)した。ヒ素のバルク含有量は、混酸(HNO3, H2O2, HF, HClO4)を用いて全分解により堆積物を溶液化し、ICP–AESで定量した。全有機炭素(TOC)、全窒素(TN)、全硫黄(TS)含有量は、有機元素分析装置(名古屋大学)、それらの安定同位体比(δ13CTOC, δ15NTN, δ34STS)は、燃焼型元素分析計を接続した安定同位体比質量分析計(地球研)を用いて決定した。TOC測定試料については、1M HClで炭酸塩除去を行った。その他に、鉱物粒子の粒度をレーザー回折法により解析した。
古期湖成層のヒ素含有量は33.2±10.9 μg/gであり、新期湖成層(76.7±27.3 μg/g)に比べて2.3倍に低い値を示した。同様の傾向は、TOC、TN含有量でも見られた(最大でTOCが0.25倍)。TOCとTN含有量の差は、気候変化に伴う湖内–集水域の生物生産量の変化に起因すると考えられ、新期湖成層の気候は完新世中期の温暖湿潤であるのに対して、古期湖成層は最終氷期の寒冷乾燥であった(Hayashi et al., 2010)。また、2つの湖成層の鉱物粒径は、誤差の範囲で一致(古期湖成層が10.5±6.8 μm、新期湖成層が11.9±2.9 μm)することから、ほぼ同一水深の堆積環境であったことを意味し、古期と新期湖成層のヒ素含有量の差は堆積作用による希釈効果でないことを示唆する。
古期湖成層のC/N比は10~26であり、新期湖成層に比べて低い値(15~55)を示した。これは、古期湖成層の有機物が新期湖成層に比べて植物プランクトンの寄与が高いことを示唆するものである(植物プランクトン<10、20<陸上植物; Elser et al., 2000)。この解釈は、新期湖成層δ13CTOC(–28.1±0.4‰)が、古期湖成層(–26.7±0.4‰)に比べて、陸上C3植物(δ13CTOC = –29~–25‰; O’Leary, 1988)に近い値を示すことからも支持される(古期湖成層δ15NTNは1.3±0.4‰、新期湖成層が1.1±0.5‰で誤差の範囲内で一致)。
古期湖成層δ34STSは–2.5±2.7‰(TS含有量が0.04±0.02%)であり、新期湖成層(–1.7±2.5‰、TS含有量が0.07±0.04%)に比べて、低い値を示した。この結果は、古期湖成層が新規湖成層に比べて現在の姉川δ34SSO4(–4.0‰)に近い値を示すものである。一般的にSO42に乏しい淡水(200 μM以下)のδ34SSO4は、湖成層のδ34STSと同位体分別が生じない。現在の姉川のSO42濃度は約70 μMであり、古期や新期古せき止め湖の湖水も同程度のSO42濃度と仮定できるため、古期と新期の湖成層δ34STSは、堆積当時のδ34SSO4と見なすことができる。新期湖成層に比べて古期湖成層の低いδ34SSO4は、陸源性有機物の寄与が低いことに起因すると考えられる(δ34STS = >3.8‰; 川村ほか, 2002)。
古期と新期湖成層のヒ素含有量は、TOC、TN、TS含有量に対して中程度の正の相関関係(R = 0.43~0.72)を持った。筆者らの先行研究から、2つの湖成層のヒ素は硫化物を主体とし存在し、その形成は、堆積後の続成過程における硫酸還元で生じたことが示された。この結果から、本研究で明らかとなった新期湖成層に比べて古期湖成層のヒ素含有量の低下は、堆積物中の有機物含有量の低下に伴い、硫酸還元によるヒ素硫化物の沈殿(固定)量が減少したことによると結論づけられる。