日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2024年5月29日(水) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、谷水 雅治(関西学院大学)

17:15 〜 18:45

[HTT16-P01] 福島県浪江町の地下水流動調査–事前調査結果と今後の調査の方針について–

*藪崎 志穂1川越 清樹2 (1.総合地球環境学研究所・福島大学 共生システム理工学類、2.福島大学 共生システム理工学類)

キーワード:浪江町、地下水流動、水質、酸素安定同位体比、水素安定同位体比、ストロンチウム安定同位体比

福島県双葉郡浪江町は,2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の津波の影響により,沿岸域の広範囲で海水が浸水し,家屋の流出,堤防や道路の損壊など大きな被害を受けた。さらに,津波による浸水が起因して電源喪失が生じたことにより発生した福島第一原子力発電所(大熊町)の事故に伴い,大量の放射性物質が環境中に放出され,特に浪江町の北西部の山間域の土壌や植生,湖底などに多量の放射性物質が降下し,深刻な汚染をもたらした。このため,浪江町では長期間にわたり立ち入りが規制され,北西部の山間部では未だ広範囲で立ち入り制限が続いている。その一方で,放射線量が低い沿岸域付近では除染や土地の改良などの復興事業が実施され,2024年1月時点で住民の帰還や農業・工業活動の再開,商業施設の新設などが徐々に進んでおり,今後生活用水や農業・工業用水の需要も増えることが予想される。
 浪江町には4か所の水道用の取水施設があり,いずれも浅層地下水(浅井戸)が水源となっている。また震災前には沿岸域から内陸にかけて井戸を所有する民家が多く,生活雑排水や農業用水などに利用されていた。こうしたことから,浪江町では震災前においても地下水の需要が高く,住民の帰還や農業等の再開に伴い将来的に地下水利用が増えると予想される。地下水資源を枯渇させることなく,地下水の質や量を保全しながら持続的に地下水を利用するためには,地下水の流動や貯留量を把握することが重要である。しかしながら,これまで浪江町の詳細な地下水調査はほとんど行われておらず,地下水に関する情報は乏しい。そこで,本研究では浪江町の不圧地下水および被圧地下水を対象として調査を行い,水質の特徴や季節変化の有無,地下水の涵養域,地下水流動,滞留時間などを把握して,適正な地下水利用ができるよう地下水データを蓄積することを目的とする。本発表では,観測井を設置するのに適した候補地を検討するため,浪江町内の既存井戸で行った事前調査の結果について報告する。
 浪江町は福島県の浜通り地域のほぼ中央に位置し,(一番距離が長い部分で)南北約15 km,東西約30 km,面積約223 km2で,東西方向に長い特徴を有する。沿岸から約9 kmを境として,東側には平野,西側には山地(阿武隈高地)が広がっている。それぞれの面積は,平野は51 km2,山地は172 km2で,山地の占める割合は全体の8割近くに及んでいる。平野部には水田や畑,民家が分布し,山地の多くは森林が占めている。主要な河川として,阿武隈高地を源流域とする請戸川と高瀬川が西から東に向かって流れており,請戸川の上流域には大柿ダム,高瀬川上流には焼築頭首工が築造され,震災前はこれらのダムの水が農業用水として利用されていた。地質は海岸から約9 kmを境として大きく異なり,東側の平野部には新第三紀および第四紀の堆積岩が分布し,西側の山地部には白亜紀の花崗岩や花崗閃緑岩が広く分布している。
 地下水の予備調査は,浪江町の沿岸域1か所,内陸部2か所で行った。いずれの井戸も深さは約3 ~4 mである。地質柱状図より沿岸域付近では深度15~20 m付近に難透水層があるため,地表面~深さ10 m程の不圧帯水層と,深さ30 m付近の被圧帯水層に区分できると考えられる。よって,調査を行った井戸はいずれも不圧地下水となる。沿岸域の井戸では2022年12月から定期的に採水を行っており,同年12月~2023年3月にかけて水位計と水温・ECのロガーを設置し,30分間隔で計測を行った。また,2023年12月に沿岸域および内陸部の調査・採水を行った。採水した試料は濾過および適宜希釈を行い,主要溶存イオンはIC(ICS-6000;HCO3についてはpH4.8アルカリ度滴定法にて定量),微量元素はICP-MS(Agilent 7500cx),酸素・水素安定同位体比はCRDS(Picarro L2140-i),Sr安定同位体比はMC-ICP-MS(Neptune Plus)でそれぞれ測定を行った。
 水質の特徴として,沿岸域の井戸はCa-HCO3型で溶存成分量は比較的多いが,海水侵入の影響は表れていない。水質の季節変化は少なく概ね一定しているが,夏季(2023年8月)に採水した地下水ではNO3濃度がやや高くなっており,農業活動の影響が及んでいる可能性がある。内陸部の地下水では,Ca-HCO3型とNa-HCO3型を示しやや特徴は異なるが,溶存成分量は共に少ない。また,1地点ではNO3濃度が約22 mg/Lと比較的多く含まれており,周辺で行われている農業活動(畑地)の影響が生じていると考えられる。3地点の地下水の酸素・水素安定同位体比と標高には負の相関が認められており,今後,涵養域の推定に用いる予定である。
 沿岸域の井戸で行った連続観測結果より,地下水位はGL–3.073~–2.662 m(地下水面標高に換算すると+0.127~+0.538 m)で概ね安定した水位を保っていることが示された。水温は11.5~12.5℃の範囲を示し,浪江町の年平均気温と概ね一致していた.ECの値もほぼ一定しており,大きな変化は認められない.また,2023年12月に沿岸および内陸の井戸で行った地下水位の観測結果より,不圧地下水は西(内陸)から東(沿岸)へ流動していることを把握した。
 今後は,詳細な帯水層別の水質や涵養域,滞留時間や地下水流動を把握するため,複数地点に不圧帯水層および被圧帯水層を対象とした観測井を設置して各種観測を実施することを計画し,準備を進めている。