日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-AG 応用地球科学

[M-AG33] 原爆による「黒い雨」領域の推定に関する基礎的研究

2024年5月31日(金) 15:30 〜 16:45 201A (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:五十嵐 康人(京都大学複合原子力科学研究所)、遠藤 暁(広島大学大学院先進理工系科学研究科)、横山 須美(長崎大学)、石川 裕彦(京都大学複合原子力科学研究所)、座長:石川 裕彦(京都大学複合原子力科学研究所)、谷田貝 亜紀代(弘前大学大学院理工学研究科)、高宮 幸一(京都大学複合原子力科学研究所)

16:15 〜 16:30

[MAG33-08] 広島原爆時の大気・降水環境の評価
– 当時の気象観測データの整備を踏まえてー

*谷田貝 亜紀代1石川 裕彦2、前田 未央1、川代 迅1滝川 雅之3高橋 邦生4五十嵐 康人2 (1.弘前大学大学院理工学研究科、2.京都大学複合原子力科学研究所、3.国立研究開発法人海洋研究開発機構、4.アドバンスソフト株式会社)

キーワード:再解析データ、データレスキュー、非静力学モデル

1945年8月6日の原爆投下時の大気環境を再現することは非常にチャレンジングな課題である.被ばく証言や黒い雨の調査がなされている一方,近年整備されてきた歴史的再解析データ(NOAA 20CRv3, ECMWF ERA-20C, MRI/JMA OCADA)からメソ気象モデルを用いた当時の環境の再現が試みられている.戦時下の日本や周辺海域の観測データは,現在とは比較にならないほど少ないが,貴重な気象観測が継続されており,それらは再解析データに未だ取り込まれていない.それら観測データをデジタル化し整備することは,原爆投下時の大気環境の再現実験の検証や不確実性評価や,将来的にそれらを合成・同化した大気・地表の気象データを用意するために唯一の戦時下における被爆国として,意義あることと考える.
我々はこれまで,
(1) 館野(茨城県)におけるゾンデ観測(Aoyama et al.2013, HiSoF report),
(2) 広島および周辺の地上気象観測原簿記録(デジタル台風サイトより) をデジタル化した.
本研究は,これらにより歴史的再解析データや,1940年以降整備されているECMWF ERA5(再解析・10アンサンブル),ERA5による爆発・街区火災実験(石川ほかによる本セッション発表)の結果の比較検証を行った結果を報告する.

(1)によりOCADAの80アンサンブル平均およびアンサンブルスプレッドと,ERA5の10メンバのアンサンブル平均・スプレッドを比較した.館野では,対流圏下層(750-900hPa)風速4m/s,風向は900hPaで北風,750-850hPaは東風成分が卓越した.中層(700-400hPa)は風速2-8m/s, 北西風が卓越し,上層(350-250hPa)は2-8m/s, 西風から北西風が卓越した(8/6 6JSTおよび9JST).OCADAとERA5の風速は全層を通じて標準偏差の幅はERA5のほうが小さいが,アンサンブル平均は,両者ともゾンデによる風速の鉛直プロファイルとよい一致を示した.一方で風向は,600hPaより上層では,両再解析は同様の値を示し,300-250hPaでは両者とも西風を示した(観測は北西風).大気下層の風向は両再解析では大きく異なり,ERA5はゾンデ観測値に近い北~東風を示したが,OCADAは北西風を示した.両再解析の太平洋高気圧の中心位置や強度,気圧傾度は若干異なっており,この違いは,広島上空の風向差にもつながっている.ERA5では700hPa付近で西北西向きの風向を示しており,黒い雨が爆心地から北西方向に広がったことのシミュレーションを行う際に,ERA5を境界条件としてWRF実験を行うことが実際に近い分布を示すことが期待された.
(2) 廣島気象台(現在の江波山気象館)における地上気象観測記録(風向,風速,気圧,気温,相対湿度)から,当時の気圧計のバイアスを補正し,比湿値を計算した上で,ERA5を初期境界条件とするWRF爆発・街区火災実験のシミュレーション結果(石川他)を検証した.なお,廣島気象台は,爆心地の南方,海岸付近の小高い丘(江波山)に位置する.当時の気象台職員の記録により,爆発・燃焼による周囲の下層大気の引き込みによる風速や比湿の増加も指摘されている.Background, 爆発+燃焼,爆発のみ,燃焼のみの実験結果では,燃焼があるものについては気温を過大評価しており,ないものは観測値に近い値を示した.黒い雨をもたらす雲の発達・組織化には下層の水蒸気供給が重要と考えられるが,昼から午後にかけての比湿値は,どの実験でも観測値を過小評価した.