日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS12] 古気候・古海洋変動

2024年5月29日(水) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:山崎 敦子(名古屋大学大学院環境学研究科)、岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、長谷川 精(高知大学理工学部)、小長谷 貴志(東京大学大気海洋研究所)

17:15 〜 18:45

[MIS12-P11] 鉛直一次元モデルを用いた貧酸素海洋及び湖における生物化学循環過程と微生物生態系活動のシステム解析

*菅家 知之介1田近 英一1渡辺 泰士1,2 (1.東京大学、2.気象庁気象研究所)

キーワード:生物地球化学循環モデル、海洋微生物生態系、鉄ーリン循環、黒海、マタノ湖

現在の海洋の大部分は富酸素的な環境である.一方,一部の海洋や湖沼環境においては深層水が硫化水素や二価鉄に富む貧酸素的な環境であることが知られている.このような環境では,海水や湖水中の化学種の酸化還元状態や微生物相が鉛直方向に大きく変化している.こうした嫌気的な海洋や湖沼における生物地球化学過程を理解することは,顕生代(約5.4億年前〜現在)に海洋が一時的に貧酸素化する海洋無酸素イベントが発生した時期や,大気酸素分圧が現在よりもずっと低かった初期地球の海洋物質循環を制約する上でも重要である.そこで本研究では,好気性および嫌気性の微生物生態系の活動を考慮できる鉛直一次元海洋表層生物地球化学モデルを開発し,酸化還元境界を持つ現在の海洋および湖沼に本モデルを適用した結果について報告する.
まず,有光層下部から深層水が硫化水素に富む黒海の鉛直構造の再現を行った.その結果,酸化還元境界においては緑色硫黄細菌が活動し,より上位で活動するシアノバクテリアと鉛直的に棲み分けるという結果が再現され,黒海において光合成生物は窒素制限下にあることも示された.これらの特徴は,いずれも黒海の観測結果 (Becker et al., 2018; Yayla et al., 2001) と整合的なものである.次に,有光層下部から深層水が溶存二価鉄に富むインドネシアのマタノ湖の鉛直構造について検討を行った.そのような鉄に富む環境では,水中で沈殿する鉄酸化物によるリンの吸着による除去が重要となるため,水中を沈降する鉄酸化物粒子のFe/P比([Fe/P]sorption)をパラメータとして,系統的なパラメータスタディを行った.その結果, [Fe/P]sorption~20の条件で計算される化学種の鉛直分布がマタノ湖の観測結果 (Crowe et al., 2008) とよく一致し,嫌気性の酸素非発生型光合成生物(緑色硫黄細菌および鉄酸化光合成細菌)がシアノバクテリアと鉛直方向に棲み分けることが明らかになった.また, [Fe/P]sorption<20の条件では,シアノバクテリアの活動は顕著に制限されることも示された.これらのことから,マタノ湖のような二価鉄に富んだ湖沼環境においては,鉄酸化物によるリン吸着が微生物生態系構造に強く影響していると考えられる。この結果は,鉄酸化物によるリンの吸着が初期地球海洋における酸素発生型光合成生物の基礎生産速度にも大きな影響を及ぼしていた可能性を示唆する.

引用
Becker et al. (2018) Appl. Environ. Microbiol. 84, e02736-17.
Crowe et al. (2008) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 105, 15938–15943.
Yayla et al. (2001) Aquatic Ecosystem Health & Management 4, 33–49.