10:45 〜 11:00
[MIS14-07] 微生物による難分解性溶存有機物生成に基質濃度が与える影響:分子サイズ別分析による評価
キーワード:水圏環境、溶存有機物、分子サイズ、琵琶湖、微生物炭素ポンプ
1. 背景
水圏環境中には、溶存有機物(DOM)として膨大な量の生元素が蓄積し、物質循環で重要な役割を果たしている。DOMの大半は難分解性DOM(RDOM)だが、水圏環境中においてRDOMが分解されずに蓄積するメカニズムは、重要な未解決問題である。従来は、DOMの化学構造など分子特性が難分解性をもたらすとする「内因的難分解性仮説」が主流の考え方だった。特に、微生物が易分解性有機物を消費してRDOMを生産するプロセスは、微生物炭素ポンプとして注目を集めてきた。一方で近年、DOMの難分解性を、DOM分子と微生物群集が相互作用する生態系ネットワークから創発する見かけ上の性質とする「創発的難分解性仮説」が提唱され(Dittmar et al., 2021, Nature Rev. Earth Env., 2: 570–583)、激しい論争を引き起こしている。これら二つの仮説の検証は、環境変動に対するDOMの応答を把握する上でも重要である。両仮説が大きく異なる予測を示すのは、易分解性有機物の供給量に対する、微生物によるRDOM生成量の応答である。内因的難分解性仮説は、一次生産等による易分解性有機物の供給量が増えるほど、微生物が生成するRDOMの濃度が増加すると予測している。創発的難分解性仮説は、易分解性有機物の供給量が増えても、RDOMの濃度は変化しないことを予測している。
従来、微生物炭素ポンプの評価として、易分解性有機物を添加する微生物培養実験を実施し、数十日~数百日後に残存するRDOM濃度を調べる研究が行われてきた(e.g., Ogawa et al., Science, 292: 917–920)。しかし、RDOM濃度に易分解性有機物の供給量が与える影響について、こうした微生物培養実験で系統的に評価された例は、我々が知る限り無い。また、DOMは分子サイズにより分解性が異なることが知られる。我々の琵琶湖湖水中DOMを用いた生分解実験でも、高分子DOMは全て数十日スケールで分解される準易分解性であり、数百日スケールのRDOMは全て低分子DOMだった。しかし、微生物培養実験で生成されるDOMの分子サイズ分布の評価は、従来ごく少ない。
2. 試料と手法
本研究では、二つの仮説の区別を目指して、天然微生物群集を用いた長期間の培養実験を実施し、微生物群集が生成するRDOMの濃度が、基質となる易分解性有機物の初期濃度にどのように応答するかを調べた。培養実験の培地(人工湖水)には、代表的な易分解性有機物であるグルコースを、唯一の有機炭素基質として、三段階の濃度(3, 6, 12 mg-C/L)で添加した。グルコースのほか、窒素・リン栄養塩(C:N:P = 96:20:1)と微量金属元素(Fe, Co, Zn, Mn, Cu, Mo)を加えた。琵琶湖の北湖今津沖中央地点の表層(水深5 m)から、2022年4月に湖水を採取し、GF/Cフィルターで濾過した湖水試料(天然細菌群集を含む)と培地を1:49の割合で混合した。各実験系で2連の実験ボトルを、20 ℃暗所で振盪した。培養開始から24, 49, 76, 207, 410日目で、濾過によりDOM試料を採取した。サイズ排除クロマトグラフ-全有機炭素計により、DOMの分子サイズ分布を測定した。見かけの重量平均分子量が15万程度のピークを高分子DOM、2千程度のピークを低分子DOMとして、有機炭素濃度を定量した。
3. 結果と考察
410日目に残存していたDOMのバルク有機炭素濃度は、実験系により2倍程度の差を示した(基質濃度3, 6, 12 mg-C/Lの実験系で、それぞれ0.144±0.015, 0.238±0.003, 0.296±0.033 mg-C/L:2連ボトルの平均値と標準偏差)。分子サイズ別には、高分子DOM濃度はそれぞれ検出限界以下、0.032±0.026, 0.077±0.010 mg-C/Lで、低分子DOM濃度はそれぞれ0.144±0.015, 0.206±0.023, 0.220±0.044 mg-C/Lだった。規格化した有機炭素濃度を用いて、基質濃度への応答係数(基質濃度に応答しない場合に0、基質濃度と同じ割合で変化する場合に1となる係数)を算出すると、バルクDOMで0.644±0.158、高分子DOMで1.309±0.342で、それぞれ有意な値が得られた(線形回帰のp値<0.02)。一方で、低分子DOMでは有意な値とならなかった(p値>0.1)。低分子DOMのみをRDOMと考えると、微生物が生成したRDOM濃度の基質濃度への応答は小さいという結果となる。つまり本研究の結果は、微生物由来DOMの難分解化メカニズムとして、少なくとも数百日スケールでは、創発的難分解性仮説をより支持する。
水圏環境中には、溶存有機物(DOM)として膨大な量の生元素が蓄積し、物質循環で重要な役割を果たしている。DOMの大半は難分解性DOM(RDOM)だが、水圏環境中においてRDOMが分解されずに蓄積するメカニズムは、重要な未解決問題である。従来は、DOMの化学構造など分子特性が難分解性をもたらすとする「内因的難分解性仮説」が主流の考え方だった。特に、微生物が易分解性有機物を消費してRDOMを生産するプロセスは、微生物炭素ポンプとして注目を集めてきた。一方で近年、DOMの難分解性を、DOM分子と微生物群集が相互作用する生態系ネットワークから創発する見かけ上の性質とする「創発的難分解性仮説」が提唱され(Dittmar et al., 2021, Nature Rev. Earth Env., 2: 570–583)、激しい論争を引き起こしている。これら二つの仮説の検証は、環境変動に対するDOMの応答を把握する上でも重要である。両仮説が大きく異なる予測を示すのは、易分解性有機物の供給量に対する、微生物によるRDOM生成量の応答である。内因的難分解性仮説は、一次生産等による易分解性有機物の供給量が増えるほど、微生物が生成するRDOMの濃度が増加すると予測している。創発的難分解性仮説は、易分解性有機物の供給量が増えても、RDOMの濃度は変化しないことを予測している。
従来、微生物炭素ポンプの評価として、易分解性有機物を添加する微生物培養実験を実施し、数十日~数百日後に残存するRDOM濃度を調べる研究が行われてきた(e.g., Ogawa et al., Science, 292: 917–920)。しかし、RDOM濃度に易分解性有機物の供給量が与える影響について、こうした微生物培養実験で系統的に評価された例は、我々が知る限り無い。また、DOMは分子サイズにより分解性が異なることが知られる。我々の琵琶湖湖水中DOMを用いた生分解実験でも、高分子DOMは全て数十日スケールで分解される準易分解性であり、数百日スケールのRDOMは全て低分子DOMだった。しかし、微生物培養実験で生成されるDOMの分子サイズ分布の評価は、従来ごく少ない。
2. 試料と手法
本研究では、二つの仮説の区別を目指して、天然微生物群集を用いた長期間の培養実験を実施し、微生物群集が生成するRDOMの濃度が、基質となる易分解性有機物の初期濃度にどのように応答するかを調べた。培養実験の培地(人工湖水)には、代表的な易分解性有機物であるグルコースを、唯一の有機炭素基質として、三段階の濃度(3, 6, 12 mg-C/L)で添加した。グルコースのほか、窒素・リン栄養塩(C:N:P = 96:20:1)と微量金属元素(Fe, Co, Zn, Mn, Cu, Mo)を加えた。琵琶湖の北湖今津沖中央地点の表層(水深5 m)から、2022年4月に湖水を採取し、GF/Cフィルターで濾過した湖水試料(天然細菌群集を含む)と培地を1:49の割合で混合した。各実験系で2連の実験ボトルを、20 ℃暗所で振盪した。培養開始から24, 49, 76, 207, 410日目で、濾過によりDOM試料を採取した。サイズ排除クロマトグラフ-全有機炭素計により、DOMの分子サイズ分布を測定した。見かけの重量平均分子量が15万程度のピークを高分子DOM、2千程度のピークを低分子DOMとして、有機炭素濃度を定量した。
3. 結果と考察
410日目に残存していたDOMのバルク有機炭素濃度は、実験系により2倍程度の差を示した(基質濃度3, 6, 12 mg-C/Lの実験系で、それぞれ0.144±0.015, 0.238±0.003, 0.296±0.033 mg-C/L:2連ボトルの平均値と標準偏差)。分子サイズ別には、高分子DOM濃度はそれぞれ検出限界以下、0.032±0.026, 0.077±0.010 mg-C/Lで、低分子DOM濃度はそれぞれ0.144±0.015, 0.206±0.023, 0.220±0.044 mg-C/Lだった。規格化した有機炭素濃度を用いて、基質濃度への応答係数(基質濃度に応答しない場合に0、基質濃度と同じ割合で変化する場合に1となる係数)を算出すると、バルクDOMで0.644±0.158、高分子DOMで1.309±0.342で、それぞれ有意な値が得られた(線形回帰のp値<0.02)。一方で、低分子DOMでは有意な値とならなかった(p値>0.1)。低分子DOMのみをRDOMと考えると、微生物が生成したRDOM濃度の基質濃度への応答は小さいという結果となる。つまり本研究の結果は、微生物由来DOMの難分解化メカニズムとして、少なくとも数百日スケールでは、創発的難分解性仮説をより支持する。