日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS15] 地球表層における粒子重力流のダイナミクス

2024年5月29日(水) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:成瀬 元(京都大学大学院理学研究科)、酒井 佑一(宇都宮大学農学部)、志水 宏行(砂防・地すべり技術センター)、田邊 章洋(防災科学技術研究所)

17:15 〜 18:45

[MIS15-P01] ピナツボ1991年噴火に対する大規模火砕流の2次元二層浅水流モデルの適用: 噴煙柱(供給源)位置の不確定性の影響

*志水 宏行1小屋口 剛博2 (1.砂防・地すべり技術センター、2.東京大学名誉教授)

キーワード:火砕流、大規模火砕流堆積物、累進埋積堆積作用、2次元二層浅水流モデル、ピナツボ火山、重力流

爆発的火山噴火では,火砕物粒子とガスの混合物が噴煙柱として火口から噴出し,それが崩壊することにより火砕流として地表面上を流れ下ることがある.火砕流は高温・高速で家屋やインフラを破壊するハザードであり,その到達範囲を理解・予測することは火山学や砂防工学における重要課題の一つである.火砕流の流動・堆積・停止プロセスは複雑であり,噴煙柱(供給源)や地形などの境界条件に対する火砕流到達範囲の依存性について未だ十分に解明されていない.本研究の目標は,供給・地形条件に対する火砕流到達範囲の依存性に対する理解の深化と予測ツールの開発を並行して実施することにより,火山砂防事業の高度化に貢献することである.

志水・小屋口(2022, JpGU meeting, SVC32-11)は,重力流の浅水流理論に基づき大規模火砕流の数値シミュレーションモデルを開発し,それをピナツボ1991年火砕流に適用した.一般に,火砕流は上部の低濃度乱流サスペンション流(粒子濃度<~1 vol.%),および,下部の高濃度粒子流(粒子濃度~50 vol.%)から成り,それぞれのダイナミクスに対する支配要因は異なる.大規模火砕流の場合,厚さ102-103 mの低濃度流は地形の影響をあまり受けずに流動するが,厚さ10-1-100 mの高濃度流は地形起伏の谷筋に沿って複雑に流動すると考えられる.本数値モデルでは,この性質を再現するために,大規模火砕流を噴煙柱を中心とした1次元軸対称低濃度流,および,地形起伏の影響により複雑に流動する2次元平面高濃度流からなる二層浅水流として定式化した.ピナツボ1991年火砕流への適用の際には,2007年に計測された地形データに基づき底面地形メッシュを作成し,供給源である噴煙柱の中心座標をピナツボ火山の中心に設定した.数値シミュレーションの結果は,観測された堆積物分布の大局的性質,すなわち,ピナツボ火山中心から約5 km以内の給源近傍における軸対称分布,および,約5kmから最大到達距離(約12 km)の給源遠方における谷埋め分布を説明した.一方,シミュレーション結果は,ピナツボ火山の北西側に広く分布する谷埋め堆積物や,東北東側のSacobia川に沿う谷埋め堆積物を再現できなかった.

本発表では,上記2点の不一致の原因を考察するために,その原因の一つとして考えられる噴煙柱(供給源)位置の不確定性の影響を評価するパラメータスタディを実施した.一般に,供給源の中心座標は,理想的な状況では噴火口中心に近似されるが,噴煙柱の指向性などにより変動する可能性がある.そこで本解析では,供給源中心座標をピナツボ火山中心から8方位に各2 km(カルデラ直径と同程度の距離)ずらした場合の影響を評価した.その結果,ピナツボ火山北西側の谷埋め堆積物の分布については,供給源位置をピナツボ火山の北西方向に2 kmずらしたシミュレーションによって改善できた.ただし,北西方向に2 kmずらした条件の場合,逆方向(南東方向)の堆積物の分布範囲や最大到達距離を過小評価する結果となった.また,東北東側のSacobia川沿いの堆積物分布については,給源位置をピナツボ火山の北東方向や東方向に各2 kmずらしたシミュレーションでも改善されなかった.

上記の計算結果は,供給源の位置に加えて,噴火条件や地形の時間変化が,堆積物分布に重要な役割を果たしていることを示唆している.例えば,シミュレーションにおいて,東北東側のSacobia川に沿って堆積物を形成するためには,ピナツボ火山中心から東側7-8 km付近に存在する尾根を高濃度流が乗り越えて流動する必要がある.噴火直後の現地観察によると,この尾根の手前の谷筋は噴火中に火砕流堆積物によって埋められ,その上を流動した高濃度流が尾根を乗り越えた可能性がある.現時点の数値モデルは,累進埋積堆積作用による高濃度流の質量損失や堆積物の質量獲得は評価しているが,堆積作用による底面地形の時間変化を考慮していないため,上記の尾根を越える高濃度流が再現できなかった.今後,噴火条件や地形の時間変化の影響を考慮することで,堆積物分布をより高い精度で再現できる可能性がある.