日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS20] 津波堆積物

2024年5月31日(金) 10:45 〜 12:00 201B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:山田 昌樹(信州大学理学部理学科地球学コース)、石澤 尭史(東北大学 災害科学国際研究所)、谷川 晃一朗(国立研究開発法人産業技術総合研究所 活断層・火山研究部門)、中西 諒(京都大学)、座長:石澤 尭史(東北大学 災害科学国際研究所)、谷川 晃一朗(国立研究開発法人産業技術総合研究所 活断層・火山研究部門)

11:30 〜 11:45

[MIS20-08] 津波堆積物の逆解析:これまでとこれから

★招待講演

*成瀬 元1 (1.京都大学大学院理学研究科)

キーワード:自然災害、地形動力学、機械学習、堆積過程

この発表では,津波堆積物の逆解析に関する研究を概観し,今後の展望と課題について議論する.ここで,津波堆積物の逆解析とは,堆積物の特徴のみから津波もしくは波源断層の特徴を定量的に復元する解析を指す.
そもそも,なぜ津波堆積物の逆解析をしなくてはならないのだろうか.そもそも,津波堆積物を研究する意義は,過去に起こった津波イベントを地層から検出することにある.大きな災害リスクとなる規模の津波の再来周期は数百年を超えるため,歴史記録のみから津波の再来周期を論ずるのは一般に困難である.そのため,1990年代以降,津波堆積物の解析が勧められるようになった.特に,2011年東北地方太平洋沖地震津波は津波の大きなリスクを社会に認識させただけでなく,津波堆積物の詳細な特徴が記載されたという点で画期となるイベントであった.一方で,過去の津波の発生を認識しただけでは,災害リスクの見積もりには不十分であることも認識された.浸水深10 mの津波は大きなリスクだが,1 mの津波はそれほど警戒する必要はない.津波の再来周期を論ずるにも,波源断層(もしくは浸水流)が同規模の津波をまず認識しなければ,「再来」を認定することもできない.そこで重要になるのが,津波堆積物から津波(もしくは波源断層)の規模予測を行う逆解析である.
津波堆積物逆解析手法は,浸水流に対して強い仮定をおき,極めて限定的な状況でのみ利用できる手法から,より一般的な状況に適用できる手法へと発展してきた.この分野で研究が始まった初期にも,津波堆積物の堆積範囲を古津波の浸水範囲とみなし,この条件を満たすような波源断層パラメーターを数値計算の比較的少ない(10-50ケース)試行で探る研究は行われていた.また,津波堆積物の粗粒な粒子もしくは巨礫の始動条件から,津波浸水流の下限を求める研究は初期から行われていた.これに対し,Jaffe and Gelfenbuam (2007)は,ある1地点における津波堆積物の級化(上方細粒化)パターンから津波の流速を推定する手法を開発した.この手法はたった1地点の堆積物データから逆解析を行えるという点で優れていたが,そのために彼らは浸水流が(a) 定常かつ空間的に一様な流れであり,(b) そのような流れが突然停止してすべての粒子が沈降する,という極端な状況を仮定した.津波浸水流が極めて定常性・一様性の低い流れであり,このような仮定がなりたつ状況が果たしてどれほどあるのかは疑わしい.一方,Soulsby et al. (2007)は,津波が一定の流速で浸水する非一様な流れであることを仮定した逆解析モデルを提案した.この手法は,直線的な測線上の堆積物データから逆解析を行うものである.彼らは非一様流を想定しているものの,流れの内部で浮遊堆積物の乱流拡散はまったく起こらず,底面堆積物との交換も起こらないという仮定を置いた.この仮定は実際の浮遊堆積物の輸送を再現するにはかなり無理のある設定であり,彼らのフォワードモデルは実際の津波堆積物の層厚分布をまったく再現できないことが現地調査から明らかになっている.これらのモデルに対し,Naruse and Abe (2017)は津波浸水流の1次元浅水方程式モデルを提案した.このモデルは津波が一定の流速で浸水して急激に停止するという仮定を置き,地形も平坦であることを仮定しているものの,過去の逆解析モデルに採用されたフォワードモデルに比べると,非定常・一様かつ浮遊砂の乱流拡散を考慮している点で,大幅にモデルの適用範囲が拡大されている.実際に,このモデルによる逆解析結果は仙台平野における2011年東北沖津波の水理条件をよく再現した.
DNNによる逆解析法は,これまでの津波堆積物逆解析の抱える問題点を解決した.まず,DNN逆解析法はフォワードモデルに対する制約を取り払うことができる.過去の研究で津波浸水流の条件に対して強い仮定を置かざるを得なかったのは,フォワードモデルの計算負荷を軽くするためである.逐次最適化を行う逆解析手法の場合,フォワードモデルの計算時間は数秒-数十秒以内としなくては,現実的な時間内で逆解析結果を得ることはできない.一方,DNN逆解析法でもフォワードモデルの反復計算は必要だが,この計算は逐次計算ではなくすべて並列に実行することができる.したがって,多数のCPUコアを利用すれば,同時に数百個以上のトレーニングデータを生成することが可能であり,一度の計算に数日かかるような計算負荷の高いフォワードモデルであっても逆解析に利用できるようになる.これらの特徴により,現在は内湾などの複雑な地形を考慮する平面2次元フォワードモデルによる津波堆積物の逆解析が可能になりつつある(Iijima, 2024).将来的には3次元モデルによる逆解析すら可能となるかもしれない.また,DNN逆解析法の場合,訓練済みモデルによる逆解析の計算は瞬時に終了することが重要である.逆解析計算を反復することができるため,Jacknife法などにより逆解析の推定誤差を論ずることもできるようになっている.また,2次元モデルでの逆解析が可能になったことで,必ずしも側線に沿ったデータが必要ではなくなったことも重要である.
津波堆積物の逆解析研究の次のターゲットは,過去の津波堆積物の解析である.現世の津波堆積物の逆解析研究が進むにつれて,手法の有効性とともに,津波堆積物には従来考えられたよりもはるかに多くの情報が含まれていることが明らかになった.津波浸水流の流速や水深だけではなく,波源断層の形状や滑り量すら津波堆積物の2次元逆解析によって求められることが判明した.過去の波源断層の復元は,プレート境界型地震の再来周期を考えるうえで今後は貴重な情報源となるだろう.ただし,過去の津波堆積物は現世のものと違って必ずしも多数の地点で分析できるわけではない.そのため,逆解析の不確かさを定量的に見積もることが,この分野にとって大きな課題となることが予測される.