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[O08-P07] 西伊豆・南伊豆に生息するオオシマザクラはクマリン含量が高いのか
キーワード:オオシマザクラ、クマリン、地質
Ⅰ 序論(研究背景・目的)
西伊豆に位置する松崎町はオオシマザクラの葉を用いた桜葉漬け生産が盛んである。桜葉漬けは桜餅などに使われ、松崎町の生産量は全国シェアの7割以上を占める。これは、西伊豆・南伊豆に生息するオオシマザクラには他地域に生息するオオシマザクラよりも多くのクマリンが含まれているからだと言われている。クマリン(C₉H₆O₂)とは植物の芳香成分の一種で、塩漬けにしたり傷をつけたりして液胞を破壊することで生成される。本来はサクラが防虫のために備えた防御物質ともいえる成分である。香りの違いが生じる要因についてクマリン含量の違いに注目して調べた。
Ⅱ 研究方法
伊豆半島と伊豆大島の20地点のサクラの木から葉をそれぞれ10枚程度採取し、1サンプルとした。全部で34サンプルを材料として用いた。(図4、図5、図6、表1)サンプルのサクラの品種は主にオオシマザクラとソメイヨシノにした。ソメイヨシノはオオシマザクラを片親に持つため、ある程度のクマリン含量が期待できると考えた。また、ソメイヨシノは挿し木によって増やしたものであるため、全ての個体において遺伝子型が同じであり、生育環境などの違いを比較しやすいと考えた。その他にも、オオシマザクラを親に持つ近縁種をサンプルとして用いた。松崎町で実際に行われている桜葉の採取時期と同様に7月期の葉を用いた。松崎桜葉商店で使用しているものと同濃度の食塩水と桜葉サンプルごとにチャック付きポリ袋に入れ密封し、冷暗所で約3か月放置した。(図7)沼津工業技術支援センターに依頼して液体クロマトグラフ分析し、含量を測定した。その他にも、オオシマザクラを親に持つ近縁種をサンプルとして用いた。
Ⅲ 結果
ソメイヨシノのクマリン含量の平均は1145.45㎍、オオシマザクラのクマリン含量の平均は917.65㎍で、品種ごとの平均で比較してみると、ソメイヨシノの方がオオシマザクラよりクマリン含量が高い結果となった。(図8)松崎町のオオシマザクラのクマリン含量は高いとはいえず、俗説と異なった。(表2)・クマリン含量が1番目に高い個体と2番目に高い個体はどちらも城ケ崎に生息するサクラであった。(表2)オオシマザクラを親に持つ近縁種でもクマリン含量が高い種が存在した。(表2)・アマギヨシノ、フナバラヨシノ、ミシマザクラのクマリン含量はどれも中央値に近かった。(表2)オオシマザクラのクマリン含量には差があり、含量が最高のサンプルも最低のサンプルもオオシマザクラだった。(図8)海岸沿いに生息していた個体は、内陸に生息していた個体に比べてクマリン含量に差があった。(図9)自生していた個体は畑で栽培されていた個体よりもクマリン含量が高い傾向があった。(図10)塩漬けした葉を観察すると、ソメイヨシノの葉の香りはオオシマザクラの葉の香りと異なった。
Ⅳ 考察
オオシマザクラは他家受粉により得られた実生から繁殖した個体も多くクマリン含量に差異が生じる可能性がある。(図8)海岸沿いの個体は内陸の個体に比べてクマリン含量に差があった理由として、潮風に当たることで塩ストレスなどの過酷な環境が影響を与えている可能性があると考えられる。(図9)自生していた個体は畑で栽培されていた個体に比べてクマリン含量が高い傾向があった理由として、周囲の昆虫の食害などの過酷な環境によって防御物質であるクマリンが分泌された可能性があると考えられる。(図10)ソメイヨシノの方がオオシマザクラよりもクマリン含量が高いのにも関わらず、桜葉漬けの生産にはオオシマザクラが使用されているが、ソメイヨシノの葉の裏には細かい毛が生えており、食用に適していないからだといわれている。「まるけ」の葉のクマリン含量は、オオシマザクラのサンプルの中で中間付近の値となっていた。(表2)実際の桜葉漬け生産では、個体差があるオオシマザクラの葉を混合して漬けることで、すべての葉のクマリン含量を均質化させている可能性がある。「まるけ」とは収穫した桜葉を50枚ずつ束にまとめる作業である。実際の生産では、まるけた葉を約4万束ずつ三十石樽に敷き詰めて塩漬けにしていることが多い。(図11)冷凍の「まるけ」の葉は生の「まるけ」の葉よりもクマリン含量が高かった。(表2)冷凍したことで細胞が壊れ、クマリンが多く生成されたと考えられる。
Ⅴ 今後の展望
一般的な通説と今回の分析結果に、現在のところは相関がみられない。今回はクマリン含量に注目したが、松崎町の桜葉漬けが高い評価を得ている理由として、クマリン以外の成分要因や加工過程の要因、社会的要因など、様々な事象も関係している可能性があると考えている。
ⅤI 参考文献
・サクラの葉のクマリン成分の研究:髙石清和 et.al, vol 88(11),1467-1471(1968),薬学雑誌
・伊豆半島松崎町における桜葉畑景観の成立過程:七海絵里香 et al, vol 76(5),443-446(2013),ランドスケープ研究
・視点・サクラの世界から:古賀惠介,vol 23,19-28(2006),龍城論叢
・伊豆の桜葉漬けとオオシマザクラの記憶:古賀惠介,vol 30,35-44(2013),龍城論叢
・松崎町役場.“桜葉の栽培”.松崎町.2019-1-17. https://www.town.matsuzaki.shizuoka.jp/docs/2019011700029/ (参照2024-3-17)
西伊豆に位置する松崎町はオオシマザクラの葉を用いた桜葉漬け生産が盛んである。桜葉漬けは桜餅などに使われ、松崎町の生産量は全国シェアの7割以上を占める。これは、西伊豆・南伊豆に生息するオオシマザクラには他地域に生息するオオシマザクラよりも多くのクマリンが含まれているからだと言われている。クマリン(C₉H₆O₂)とは植物の芳香成分の一種で、塩漬けにしたり傷をつけたりして液胞を破壊することで生成される。本来はサクラが防虫のために備えた防御物質ともいえる成分である。香りの違いが生じる要因についてクマリン含量の違いに注目して調べた。
Ⅱ 研究方法
伊豆半島と伊豆大島の20地点のサクラの木から葉をそれぞれ10枚程度採取し、1サンプルとした。全部で34サンプルを材料として用いた。(図4、図5、図6、表1)サンプルのサクラの品種は主にオオシマザクラとソメイヨシノにした。ソメイヨシノはオオシマザクラを片親に持つため、ある程度のクマリン含量が期待できると考えた。また、ソメイヨシノは挿し木によって増やしたものであるため、全ての個体において遺伝子型が同じであり、生育環境などの違いを比較しやすいと考えた。その他にも、オオシマザクラを親に持つ近縁種をサンプルとして用いた。松崎町で実際に行われている桜葉の採取時期と同様に7月期の葉を用いた。松崎桜葉商店で使用しているものと同濃度の食塩水と桜葉サンプルごとにチャック付きポリ袋に入れ密封し、冷暗所で約3か月放置した。(図7)沼津工業技術支援センターに依頼して液体クロマトグラフ分析し、含量を測定した。その他にも、オオシマザクラを親に持つ近縁種をサンプルとして用いた。
Ⅲ 結果
ソメイヨシノのクマリン含量の平均は1145.45㎍、オオシマザクラのクマリン含量の平均は917.65㎍で、品種ごとの平均で比較してみると、ソメイヨシノの方がオオシマザクラよりクマリン含量が高い結果となった。(図8)松崎町のオオシマザクラのクマリン含量は高いとはいえず、俗説と異なった。(表2)・クマリン含量が1番目に高い個体と2番目に高い個体はどちらも城ケ崎に生息するサクラであった。(表2)オオシマザクラを親に持つ近縁種でもクマリン含量が高い種が存在した。(表2)・アマギヨシノ、フナバラヨシノ、ミシマザクラのクマリン含量はどれも中央値に近かった。(表2)オオシマザクラのクマリン含量には差があり、含量が最高のサンプルも最低のサンプルもオオシマザクラだった。(図8)海岸沿いに生息していた個体は、内陸に生息していた個体に比べてクマリン含量に差があった。(図9)自生していた個体は畑で栽培されていた個体よりもクマリン含量が高い傾向があった。(図10)塩漬けした葉を観察すると、ソメイヨシノの葉の香りはオオシマザクラの葉の香りと異なった。
Ⅳ 考察
オオシマザクラは他家受粉により得られた実生から繁殖した個体も多くクマリン含量に差異が生じる可能性がある。(図8)海岸沿いの個体は内陸の個体に比べてクマリン含量に差があった理由として、潮風に当たることで塩ストレスなどの過酷な環境が影響を与えている可能性があると考えられる。(図9)自生していた個体は畑で栽培されていた個体に比べてクマリン含量が高い傾向があった理由として、周囲の昆虫の食害などの過酷な環境によって防御物質であるクマリンが分泌された可能性があると考えられる。(図10)ソメイヨシノの方がオオシマザクラよりもクマリン含量が高いのにも関わらず、桜葉漬けの生産にはオオシマザクラが使用されているが、ソメイヨシノの葉の裏には細かい毛が生えており、食用に適していないからだといわれている。「まるけ」の葉のクマリン含量は、オオシマザクラのサンプルの中で中間付近の値となっていた。(表2)実際の桜葉漬け生産では、個体差があるオオシマザクラの葉を混合して漬けることで、すべての葉のクマリン含量を均質化させている可能性がある。「まるけ」とは収穫した桜葉を50枚ずつ束にまとめる作業である。実際の生産では、まるけた葉を約4万束ずつ三十石樽に敷き詰めて塩漬けにしていることが多い。(図11)冷凍の「まるけ」の葉は生の「まるけ」の葉よりもクマリン含量が高かった。(表2)冷凍したことで細胞が壊れ、クマリンが多く生成されたと考えられる。
Ⅴ 今後の展望
一般的な通説と今回の分析結果に、現在のところは相関がみられない。今回はクマリン含量に注目したが、松崎町の桜葉漬けが高い評価を得ている理由として、クマリン以外の成分要因や加工過程の要因、社会的要因など、様々な事象も関係している可能性があると考えている。
ⅤI 参考文献
・サクラの葉のクマリン成分の研究:髙石清和 et.al, vol 88(11),1467-1471(1968),薬学雑誌
・伊豆半島松崎町における桜葉畑景観の成立過程:七海絵里香 et al, vol 76(5),443-446(2013),ランドスケープ研究
・視点・サクラの世界から:古賀惠介,vol 23,19-28(2006),龍城論叢
・伊豆の桜葉漬けとオオシマザクラの記憶:古賀惠介,vol 30,35-44(2013),龍城論叢
・松崎町役場.“桜葉の栽培”.松崎町.2019-1-17. https://www.town.matsuzaki.shizuoka.jp/docs/2019011700029/ (参照2024-3-17)