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[PPS08-P02] 含水鉱物からなるリュウグウ母天体の集積と熱進化

キーワード:母天体、含水鉱物、集積
はやぶさ2が採取したリュウグウサンプルの解析から、リュウグウの化学組成や同位体比はCIコンドライトに似ており、これまでに採取されたCIコンドライトよりも始原的であることがわかった[1][2]。CIコンドライトは化学組成比が太陽系全体の組成比と近しく、太陽系の物質を知るために重要な手掛かりであり、それよりも始原的なリュウグウサンプルは太陽系進化を考察するうえで重要である。そして、CIコンドライトは共通の母天体を持つと考えられており、リュウグウをはじめとするC 型小惑星の母天体はCIコンドライトと近しいと考えられている[1]。加えて、リュウグウサンプルからは有機物の存在や水質変成を起こした鉱物が発見されている。これらの事実から、C 型小惑星の母天体は含水鉱物が多く含まれていたと考えられている。したがって、C型小惑星やその母天体は水や有機物に富み、これらの物質を地球にもたらすことで、地球生命の誕生にも重要な寄与を果たした可能性がある。しかし、母天体は現在太陽系には存在しないと考えられているため、母天体の状態やその時間変化を理解するためには、熱進化のモデル計算が有効な手段となる。
その制約条件となりうるのは、実際のリュウグウサンプルの分析結果から考えられる温度条件や母天体の形成年代などである。はやぶさ2の衝突装置により形成したクレーター付近の岩石サンプルは、リュウグウ表面のサンプルよりもNEXAFSによるC-H結合のピークが全体的に強いという事実[2]と、CMコンドライトの一つマーチソン隕石について脂肪族有機物分解の速度論的研究を行った先行研究[3]より、母天体中での温度は最大で30 ℃までと考えられている。また、ドロマイトと磁鉄鉱における酸素同位体温度測定より、37 ± 10 ℃の温度環境で水質変成を起こしていたと考えられている[1]。すなわち、リュウグウは母天体の低温領域で形作られたと考えられる。これを説明するために行われた熱進化シミュレーションでは、リュウグウ母天体の半径を10 kmのオーダーと仮定している[4]。しかし、リュウグウは脱水を経験していることが知られている。これが宇宙風化によるものだけではなく温度上昇により引き起こされたとすると、母天体は少なくとも300-400 ℃も経験しており、母天体内部はいくつかの層に分化していたと考えられる[5]。また、Mn-Cr同位体測定により、水質変成は太陽系誕生から520万年前後まで生じていたと考えられている[1]ため、母天体はその間に半径数100 km程度に成長した可能性がある。そのように大きなサイズの天体の内部において、上記の様々な温度環境が達成される条件を調べる必要がる。
そこで、本研究では短寿命放射性核種(26Al)の崩壊熱と集積時の衝突加熱を熱源とし、熱伝導と熱対流を考慮した1次元球対称熱輸送方程式を解き、母天体内部の温度構造の時間変化を調べた。母天体は、はじめ半径1 kmの含水鉱物から成る微惑星と仮定し、集積に伴う半径成長や内部加熱に伴う脱水や金属分離を考慮した。集積開始時の26Alの濃集率や集積速度を主なパラメータとし、数千万年のシミュレーションを実施した。その結果、集積時間が100万年程度の場合は、衝突加熱により表層付近でも温度は脂肪族有機物が分解されない30 ℃を超えてしまうことが分かった。したがって、リュウグウ母天体の集積時間は100万年よりも長いことが示唆される。一方でこの場合、母天体の中心では半径数~数10 kmサイズの金属核が形成されることも分かった。これはつまり、鉄隕石や金属に富む小惑星の起源となる可能性もある。炭素質コンドライトと鉄隕石が母天体を共有する可能性を示唆しているかもしれない[6]。
[1] Yokoyama et al., 2022, Science 379, 6634.
[2] Ito et al., 2022, Nature Astronomy 6, 1163-1171.
[3] Kebukawa et al., 2010, Meteoritics & Planetary Science 45, 99-113.
[4] Nakamura et al., 2023, Science 379, 787.
[5] Tatsumi et al., 2021, Nature Communications 12: 5837.
[6] Kleine et al., 2020, Space Sci Rev 216: 55.
その制約条件となりうるのは、実際のリュウグウサンプルの分析結果から考えられる温度条件や母天体の形成年代などである。はやぶさ2の衝突装置により形成したクレーター付近の岩石サンプルは、リュウグウ表面のサンプルよりもNEXAFSによるC-H結合のピークが全体的に強いという事実[2]と、CMコンドライトの一つマーチソン隕石について脂肪族有機物分解の速度論的研究を行った先行研究[3]より、母天体中での温度は最大で30 ℃までと考えられている。また、ドロマイトと磁鉄鉱における酸素同位体温度測定より、37 ± 10 ℃の温度環境で水質変成を起こしていたと考えられている[1]。すなわち、リュウグウは母天体の低温領域で形作られたと考えられる。これを説明するために行われた熱進化シミュレーションでは、リュウグウ母天体の半径を10 kmのオーダーと仮定している[4]。しかし、リュウグウは脱水を経験していることが知られている。これが宇宙風化によるものだけではなく温度上昇により引き起こされたとすると、母天体は少なくとも300-400 ℃も経験しており、母天体内部はいくつかの層に分化していたと考えられる[5]。また、Mn-Cr同位体測定により、水質変成は太陽系誕生から520万年前後まで生じていたと考えられている[1]ため、母天体はその間に半径数100 km程度に成長した可能性がある。そのように大きなサイズの天体の内部において、上記の様々な温度環境が達成される条件を調べる必要がる。
そこで、本研究では短寿命放射性核種(26Al)の崩壊熱と集積時の衝突加熱を熱源とし、熱伝導と熱対流を考慮した1次元球対称熱輸送方程式を解き、母天体内部の温度構造の時間変化を調べた。母天体は、はじめ半径1 kmの含水鉱物から成る微惑星と仮定し、集積に伴う半径成長や内部加熱に伴う脱水や金属分離を考慮した。集積開始時の26Alの濃集率や集積速度を主なパラメータとし、数千万年のシミュレーションを実施した。その結果、集積時間が100万年程度の場合は、衝突加熱により表層付近でも温度は脂肪族有機物が分解されない30 ℃を超えてしまうことが分かった。したがって、リュウグウ母天体の集積時間は100万年よりも長いことが示唆される。一方でこの場合、母天体の中心では半径数~数10 kmサイズの金属核が形成されることも分かった。これはつまり、鉄隕石や金属に富む小惑星の起源となる可能性もある。炭素質コンドライトと鉄隕石が母天体を共有する可能性を示唆しているかもしれない[6]。
[1] Yokoyama et al., 2022, Science 379, 6634.
[2] Ito et al., 2022, Nature Astronomy 6, 1163-1171.
[3] Kebukawa et al., 2010, Meteoritics & Planetary Science 45, 99-113.
[4] Nakamura et al., 2023, Science 379, 787.
[5] Tatsumi et al., 2021, Nature Communications 12: 5837.
[6] Kleine et al., 2020, Space Sci Rev 216: 55.
