日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[E] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-CG 固体地球科学複合領域・一般

[S-CG40] Science of slow-to-fast earthquakes

2024年5月28日(火) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:加藤 愛太郎(東京大学地震研究所)、山口 飛鳥(東京大学大気海洋研究所)、濱田 洋平(国立研究開発法人海洋研究開発機構)、野田 朱美(気象庁気象研究所)

17:15 〜 18:45

[SCG40-P09] 南海トラフ域の3次元速度構造モデルに基づく高速走時計算のためのphysics-informed neural networkの構築

*縣 亮一郎1馬場 慧1仲西 理子1中村 恭之1 (1.海洋研究開発機構)

キーワード:南海トラフ、走時計算、Physics-informed neural network、震源決定、3次元速度構造

南海トラフ沈み込み帯においては、海溝型巨大地震が繰り返し発生しており、次の巨大地震発生の切迫度が高まっているとも言われている。豊富な地震観測データの蓄積により、当該地域のSlow・Fast地震の発生様式の解明が急がれている。この地域での震源決定を精度よく行うことは、ハザード評価の面からも科学的な面からも重要である。震源決定解析の根幹をなすのが、地下媒質の内部の震源から地球表面の地震観測点までの走時の理論計算である。走時の理論計算は、地下の速度構造のモデルに基づき行われる。これを精度よく行うには、現実の構造をよく反映した3次元速度構造モデルを用意し、走時の3次元計算を行う必要がある。適切な3 次元速度構造モデルを設定することは一般には容易ではないが、南海トラフ域においては、速度構造に関するデータの蓄積が世界でも最も進んでいる地域の一つである。その成果として、現実的な3次元速度構造モデルが複数公開されている(Nakanishi+2018など)。走時の3次元計算のための手法に関しては、Ray-tracingによる方法や、グリッドベースの数値計算による方法が確立されており、オープンソースプログラムも多くある。それでも、3 次元走時計算に必要な計算コストやモデル化の手間は実際上軽視できず、1 次元構造のような単純構造による計算が多くの研究で用いられる。この状況を打開し、公開済み3次元速度構造モデルに基づく走時計算・震源決定が大いに活用されるようにするためには、走時の計算結果自体を手軽に得られるツールの構築が有効だと考えられる。その手段として、入力(震源・受振位置)と応答(走時)の非線形な関係を、計算が軽量な深層ニューラルネットワーク(NN)などの機械学習モデルにより代理モデリングすることが考えられる。だが、学習に入力と応答の教師データを大量に確保するために、多くの数値計算が必要となる。一方、微分方程式の新たな解法として近年注目を集めるPhysics-informed neural network(PINN, Raissi+2019)は、偏微分方程式(走時計算ではアイコナル方程式)で記述された物理法則を、学習のための損失関数に教師データの代わりに取り入れることができる。これにより、教師データを必要とせずに、震源・受振位置と走時の非線形な物理的関係をモデル化したNNを構築できる(Taufik+2023)。
そこで本研究では、PINNにより公開済みの南海トラフ域の3次元P波速度構造モデルに対する走時の学習を行い、走時計算を高速に行えるNNを構築することを目的とする。速度構造モデルとしては、海域構造探査の成果が反映されているNakanishi+2018のモデルを用いる。震源・観測位置の3次元デカルト座標の合計6成分を入力とし、走時を出力とする全結合NNを導入する。走時関数を定義する空間に多数(数万~数10万)の残差評価点をランダムに分布させ、NNの予測する走時と速度構造モデルにおける地震波速度から計算されるアイコナル方程式残差の二乗和を全点に対してとり、これを損失関数とする。この損失関数を最小化するようにNNを学習させる(Smith+2021など)。この時、方程式に含まれる走時の空間微分項は自動微分によりメッシュフリーに計算できる。ランダムに選んだ3次元空間の震源位置と地球表面の任意の観測位置の間の走時を学習することで、推論時にはあらゆる震源・観測ペアに対する走時を高速に計算できる。同様の問題に対する従来の解決策として、格子点上に並べた震源位置からの走時表を観測点ごとにあらかじめ作成しておき、ユーザが所望の震源位置からの走時を補間により計算できるようにする、という方法がある。提案手法には、走時表作成のための数値計算が必要ないこと、格子点密度による補間精度とデータ量のトレードオフがないこと、新しく観測点が追加された場合に追加計算を必要としない(DAS 観測への対応時は特に高負荷となる)こと等、この方法と比べて多くの長所がある。
本NNにより計算される走時を、Fast marching methodによる計算結果と比較したところ、概ねよい一致を得られた。ただし、震源が深さ数kmなどと浅い場所に位置する場合には、震源近傍(~約100km)において精度が悪い場合があった。現在、NN構造の再検討による改善を試みており、発表時にはその結果も示す。本NNによる走時計算は5000個の震源・観測点ペアに対して0.1秒も要しないことから、3次元速度構造モデルを反映した走時計算を高速に行えることを確認した。本ツールの完成時には公開も検討していることから、発表におけるツールに興味のある潜在ユーザとの意見交換を期待する。