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[SCG46-15] 海洋リソスフェアにおける自発的沈み込み開始の数値シミュレーション実験:含水断裂帯のレオロジーとスラブ脱水作用の影響

キーワード:含水断裂帯、自発的沈み込み開始、数値シミュレーション、アンチゴライト、スラブ脱水作用、断層強度
海洋底の断裂帯やトランスフォーム断層では,断層を介した海洋プレート間に密度差が存在するため,自発的に年代の古い海洋プレートが沈み込みを開始する可能性がある.このような自発的沈み込み開始の例として,伊豆・小笠原・マリアナ(IBM)沈み込み帯が挙げられる.近年,約52 Maの沈み込み開始時の古IBM弧をモデルとした数値シミュレーションの研究が行われている(例えば,Maunder et al., 2020).これらの研究では,力学的な弱面としての断裂帯の強度を著しく低くすることで,沈み込み開始を可能にしている(Leng and Gurnis, 2015).しかし,これらの断裂帯強度は,地殻・マントル物質を用いた変形実験から示唆される値に比べてはるかに小さい.一方,最近の岩石学的研究から,(1)トランスフォーム断層への海水浸透によりかんらん岩の熱水変質が促進され,含水鉱物(例えば,角閃石,緑泥石,蛇紋石)が生成すること,(2)粒径減少したかんらん石が拡散クリープにより変形していることが明らかになった(Kohli et al., 2021).これら2つの現象は,断層強度の低下に寄与すると考えられる.しかしながら,断裂帯の海水浸透による上記2つの効果を組み入れた自発的沈み込み開始に関する数値シミュレーションは行われていない.一方,スラブの脱水由来の水流体がマントルウェッジに付加することでも,上記2つの現象が生じることが期待される.
そこで本研究では,断裂帯に沿った海水浸透(含水断裂帯の存在)とスラブ脱水作用が自発的沈み込み開始に与える影響を理解するために,海洋リソスフェアにおける自発的沈み込み開始の2次元粘弾塑性数値シミュレーションを実施した.数値モデルでは,マントル対流コード(I2ELVIS)を使用し,幅15 kmからなる断裂帯の左側に年代が若いプレート(OP),右側に年代が古いプレート(DP)を配置した.OPの年代は1〜11 Ma,DPの年代は71〜91 Maと変化させた.含水断裂帯では,より低温域では蛇紋岩化(アンチゴライトのべき乗則クリープ),より高温域ではwetかんらん石の拡散クリープが起こっていると仮定した.また,元々高温域に存在していた断裂帯物質が低温域(アンチゴライトの安定領域内)に侵入した時,蛇紋岩化が起こるモデル(モデルA)と,蛇紋岩化が起こらないモデル(モデルB)を実行した.脆性領域では,有効摩擦係数(μ’ = μ(1 - λ);ここで,μは摩擦係数,λは間隙流体圧比)を系統的に変化させた.さらに,スラブ脱水を考慮し,脱水流体がOP側のマントルウェッジに浸透すると,蛇紋岩やwetかんらん石が形成されるように設定した.
モデルAでは,OP-DP年代の組み合わせが1-91 Maのとき,沈み込み開始が起こるためには含水断裂帯の有効摩擦係数μ’が0.029 (μ = 0.29,λ =0.9)以下である必要があった.一方モデルBでは,同年代差の場合において有効摩擦係数μ’が0.010 (μ = 0.10,λ =0.9)以下である必要があった.どちらのモデルの場合においても,深度5〜15 kmにおけるスラブ-断裂帯境界に,断裂帯物質が厚さ5 kmの低粘性(約1019 Pa s)の剪断帯を形成し,両プレート間の結合力を低下させた.モデルAでは,沈み込み開始初期(0〜2 Myr)に形成していた低粘性の剪断帯は,元々高温域に分布していた含水断裂帯物質で構成されており,主にアンチゴライトのべき乗則クリープにより変形していた.一方,モデルBでは,スラブ表面から5 km直上の断裂帯物質の主な変形機構は脆性変形であった.この2つのモデルの力学的条件の違いを明らかにするために,歪速度を10-12 s-1,圧力2 GPaと仮定して強度断面を作成した.その結果,モデルAはモデルBより,スラブ表面から5 km直上の断層強度が約40 MPa低くなったため,沈み込み開始が起こりやすくなったと考えられる.
この結果は,高温域の断裂帯物質が低温域に侵入した際に起こる蛇紋岩化が,沈み込み開始の発生に重要な影響を与えることを示唆している.Cox et al. (2021)では,南トロドストランスフォーム断層内のシート状角礫岩脈層から採取した天然の断層岩の直接剪断実験を行なった結果,摩擦係数が0.28 (断層ガウジ)〜0.48 (マトリックスに富む断層角礫岩)であることが分かり,天然の摩擦係数は,本研究の結果(μ = 0.29)より高い値をとることが予想される.したがって,歪の集中による摩擦係数の低下(Gerya et al., 2021; Liu and Gerya, 2023),ピニング効果による粒径減少などの延性ダメージ(Bercovici and Ricard, 2012)などの弱化プロセスを追加したモデルの提案が必要である.
引用文献:Cox et al., 2021, Geophys. Res. Lett., 48, e2021GL096292. Gerya et al., 2021, Nature. 599, 245-250. Leng and Gurnis, 2015, Geophys. Res. Lett., 42, 7014–7021. Liu and Gerya, 2023, J. Geophys. Res. Solid Earth, 128, e2022JB024701. Kohli et al., 2021, Nat. Geosci., 14, 606-611. Maunder et al., 2020, Nat. Commun, 11, 1874.
そこで本研究では,断裂帯に沿った海水浸透(含水断裂帯の存在)とスラブ脱水作用が自発的沈み込み開始に与える影響を理解するために,海洋リソスフェアにおける自発的沈み込み開始の2次元粘弾塑性数値シミュレーションを実施した.数値モデルでは,マントル対流コード(I2ELVIS)を使用し,幅15 kmからなる断裂帯の左側に年代が若いプレート(OP),右側に年代が古いプレート(DP)を配置した.OPの年代は1〜11 Ma,DPの年代は71〜91 Maと変化させた.含水断裂帯では,より低温域では蛇紋岩化(アンチゴライトのべき乗則クリープ),より高温域ではwetかんらん石の拡散クリープが起こっていると仮定した.また,元々高温域に存在していた断裂帯物質が低温域(アンチゴライトの安定領域内)に侵入した時,蛇紋岩化が起こるモデル(モデルA)と,蛇紋岩化が起こらないモデル(モデルB)を実行した.脆性領域では,有効摩擦係数(μ’ = μ(1 - λ);ここで,μは摩擦係数,λは間隙流体圧比)を系統的に変化させた.さらに,スラブ脱水を考慮し,脱水流体がOP側のマントルウェッジに浸透すると,蛇紋岩やwetかんらん石が形成されるように設定した.
モデルAでは,OP-DP年代の組み合わせが1-91 Maのとき,沈み込み開始が起こるためには含水断裂帯の有効摩擦係数μ’が0.029 (μ = 0.29,λ =0.9)以下である必要があった.一方モデルBでは,同年代差の場合において有効摩擦係数μ’が0.010 (μ = 0.10,λ =0.9)以下である必要があった.どちらのモデルの場合においても,深度5〜15 kmにおけるスラブ-断裂帯境界に,断裂帯物質が厚さ5 kmの低粘性(約1019 Pa s)の剪断帯を形成し,両プレート間の結合力を低下させた.モデルAでは,沈み込み開始初期(0〜2 Myr)に形成していた低粘性の剪断帯は,元々高温域に分布していた含水断裂帯物質で構成されており,主にアンチゴライトのべき乗則クリープにより変形していた.一方,モデルBでは,スラブ表面から5 km直上の断裂帯物質の主な変形機構は脆性変形であった.この2つのモデルの力学的条件の違いを明らかにするために,歪速度を10-12 s-1,圧力2 GPaと仮定して強度断面を作成した.その結果,モデルAはモデルBより,スラブ表面から5 km直上の断層強度が約40 MPa低くなったため,沈み込み開始が起こりやすくなったと考えられる.
この結果は,高温域の断裂帯物質が低温域に侵入した際に起こる蛇紋岩化が,沈み込み開始の発生に重要な影響を与えることを示唆している.Cox et al. (2021)では,南トロドストランスフォーム断層内のシート状角礫岩脈層から採取した天然の断層岩の直接剪断実験を行なった結果,摩擦係数が0.28 (断層ガウジ)〜0.48 (マトリックスに富む断層角礫岩)であることが分かり,天然の摩擦係数は,本研究の結果(μ = 0.29)より高い値をとることが予想される.したがって,歪の集中による摩擦係数の低下(Gerya et al., 2021; Liu and Gerya, 2023),ピニング効果による粒径減少などの延性ダメージ(Bercovici and Ricard, 2012)などの弱化プロセスを追加したモデルの提案が必要である.
引用文献:Cox et al., 2021, Geophys. Res. Lett., 48, e2021GL096292. Gerya et al., 2021, Nature. 599, 245-250. Leng and Gurnis, 2015, Geophys. Res. Lett., 42, 7014–7021. Liu and Gerya, 2023, J. Geophys. Res. Solid Earth, 128, e2022JB024701. Kohli et al., 2021, Nat. Geosci., 14, 606-611. Maunder et al., 2020, Nat. Commun, 11, 1874.