09:45 〜 10:00
[SCG55-04] プレート境界の力学的カップリングに基づく相模トラフ沿いの地震サイクル再考
★招待講演
キーワード:力学的カップリング、プレート境界地震、海成段丘、弾性歪みエネルギー
相模トラフ沿いのプレート境界では、1923年に大正関東地震(Mw8.0)、1703年に元禄関東地震(Mw8.1-8.5)が発生したことが知られている。これまで、大正地震と同規模の地震(以降「大正型地震」と呼ぶ)が数百年間隔で発生し、その数回に1回が元禄地震と同規模の地震(以降「元禄型地震」と呼ぶ)に発展する(約2000年間隔)と考えられてきた。この考えは、房総半島南端における地震時隆起量の違い(元禄地震時の隆起量は大正地震時の2~3倍)と、房総半島沿岸に発達した海成段丘の対比に基づく推論に由来する。つまり、房総半島沿岸で観測される明瞭な4つの完新世段丘面(沼I~IV面)の最下面が元禄地震時に離水した旧汀線に当たることから、他の段丘面も過去の元禄型地震によって形成されたと考えられ、それらの段丘の間に認められる多数の小崖は大正型地震の痕跡と解釈された(Shishikura, 2014 Episodes)。この再来間隔の考えに従えば、大正地震から100年しか経っていないため大正型地震の発生可能性はまだ暫く低いままであり、元禄型地震の発生可能性はさらに低いことになる(地震調査研究推進本部,2014)。
相模トラフ沿いプレート境界の現在の力学的状態を明らかにするため、Saito & Noda (2023 BSSA) は地震間のGNSS変位速度データからプレート境界の応力蓄積速度を推定した。その結果、相模トラフに沿って4つの孤立した応力蓄積のピーク(力学的固着域)が存在し、そのうちの3つが大正地震と元禄地震の震源域に対応することが明らかになった。このことから、これら3つの力学的固着域での応力蓄積が過去のプレート境界地震を引き起こしてきたと考えられ、固着域の組合せの違いにより大正地震と元禄地震の違いが現れたと解釈できる。そして、過去の地震発生後から一定の速度で蓄積した応力が次の地震時に完全に解放されるという仮定のもと、2023年時点での地震シナリオを複数作成し、地震時のエネルギーバランスの観点から各シナリオの実現性を評価した。その結果、大正型地震のシナリオはエネルギーバランスの観点から実現性しないと判定された一方、元禄型地震のシナリオは十分な歪みエネルギーが蓄積しているため発生する可能性があると判定された。これは、大正地震時に破壊しなかった房総半島南端直下の力学的固着域に、元禄地震以来320年間の応力(最大3MPa)が蓄積しているためである。地震の発生時期については摩擦強度を合わせて考慮する必要があるが、プレート境界の応力蓄積状態のみに基づけば、大正型地震よりも元禄型地震の発生の切迫度が高いと評価される結果となり、海成段丘に基づく地震サイクルの考えと相反する。さらに、力学的固着に基づけば、大正型・元禄型地震以外の地震シナリオにも現時点で実現可能性のあるシナリオとして評価されるものがある。以上の結果は、相模トラフの地震サイクルが大正型・元禄型という固有地震の考えよりずっと複雑で、海成段丘に基づく再来間隔よりも早く地震が発生する可能性を示している。
海成段丘と力学的固着に基づく予測が異なる理由を理解するために、Noda et al. (2018 Tectonophysics) による海成段丘形成シミュレーションは重要な手掛かりとなる。この研究は海岸における浸食・堆積過程をモデル化し、地震サイクルに起因する地殻変動と海水準変動を入力として、房総半島の海岸地形の変化をシミュレーションした。その結果、沼I~IV面のように明瞭な段丘が形成されるためには海面が或る程度の長期間にわたって一定の高度に留まり浸食・堆積が進行する必要があり、海水準が2000~3000年周期で変動するモデルで沼I~IV面の形成を良く説明できることを示した。それよりも周期の短い数百年~1200年の地震サイクルは、小規模な崖を残す以外は海岸地形への影響が小さい。2000~3000年周期の変動を引き起こす原因がユースタティックな海面変動か地震のスーパーサイクルかは意見の割れるところではあるが、注目すべきは、2000年よりも短い間隔で地震が発生しても海岸地形に明瞭な痕跡が残されず、見落とされている可能性があることである。従って、海成段丘の数と形成年代のみに基づいて、元禄型地震あるいは房総半島南端の力学的固着の破壊は発生頻度が低いとする考えは見直すべきと考える。海岸地形だけでなくプレート境界の力学的状態も考慮して、房総半島下の地震リスクに今一度目を向ける必要がある。
相模トラフ沿いプレート境界の現在の力学的状態を明らかにするため、Saito & Noda (2023 BSSA) は地震間のGNSS変位速度データからプレート境界の応力蓄積速度を推定した。その結果、相模トラフに沿って4つの孤立した応力蓄積のピーク(力学的固着域)が存在し、そのうちの3つが大正地震と元禄地震の震源域に対応することが明らかになった。このことから、これら3つの力学的固着域での応力蓄積が過去のプレート境界地震を引き起こしてきたと考えられ、固着域の組合せの違いにより大正地震と元禄地震の違いが現れたと解釈できる。そして、過去の地震発生後から一定の速度で蓄積した応力が次の地震時に完全に解放されるという仮定のもと、2023年時点での地震シナリオを複数作成し、地震時のエネルギーバランスの観点から各シナリオの実現性を評価した。その結果、大正型地震のシナリオはエネルギーバランスの観点から実現性しないと判定された一方、元禄型地震のシナリオは十分な歪みエネルギーが蓄積しているため発生する可能性があると判定された。これは、大正地震時に破壊しなかった房総半島南端直下の力学的固着域に、元禄地震以来320年間の応力(最大3MPa)が蓄積しているためである。地震の発生時期については摩擦強度を合わせて考慮する必要があるが、プレート境界の応力蓄積状態のみに基づけば、大正型地震よりも元禄型地震の発生の切迫度が高いと評価される結果となり、海成段丘に基づく地震サイクルの考えと相反する。さらに、力学的固着に基づけば、大正型・元禄型地震以外の地震シナリオにも現時点で実現可能性のあるシナリオとして評価されるものがある。以上の結果は、相模トラフの地震サイクルが大正型・元禄型という固有地震の考えよりずっと複雑で、海成段丘に基づく再来間隔よりも早く地震が発生する可能性を示している。
海成段丘と力学的固着に基づく予測が異なる理由を理解するために、Noda et al. (2018 Tectonophysics) による海成段丘形成シミュレーションは重要な手掛かりとなる。この研究は海岸における浸食・堆積過程をモデル化し、地震サイクルに起因する地殻変動と海水準変動を入力として、房総半島の海岸地形の変化をシミュレーションした。その結果、沼I~IV面のように明瞭な段丘が形成されるためには海面が或る程度の長期間にわたって一定の高度に留まり浸食・堆積が進行する必要があり、海水準が2000~3000年周期で変動するモデルで沼I~IV面の形成を良く説明できることを示した。それよりも周期の短い数百年~1200年の地震サイクルは、小規模な崖を残す以外は海岸地形への影響が小さい。2000~3000年周期の変動を引き起こす原因がユースタティックな海面変動か地震のスーパーサイクルかは意見の割れるところではあるが、注目すべきは、2000年よりも短い間隔で地震が発生しても海岸地形に明瞭な痕跡が残されず、見落とされている可能性があることである。従って、海成段丘の数と形成年代のみに基づいて、元禄型地震あるいは房総半島南端の力学的固着の破壊は発生頻度が低いとする考えは見直すべきと考える。海岸地形だけでなくプレート境界の力学的状態も考慮して、房総半島下の地震リスクに今一度目を向ける必要がある。