日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-GC 固体地球化学

[S-GC33] 固体地球化学・惑星化学

2024年5月28日(火) 09:00 〜 10:15 301B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:下田 玄(産業技術総合研究所地質調査総合センター)、鈴木 勝彦(国立研究開発法人海洋研究開発機構・海底資源センター)、山下 勝行(岡山大学環境生命自然科学学域)、石川 晃(東京工業大学理学院地球惑星科学系)、座長:下田 玄(産業技術総合研究所地質調査総合センター)、鈴木 勝彦(国立研究開発法人海洋研究開発機構・海底資源センター)、山下 勝行(岡山大学環境生命自然科学学域)、石川 晃(東京工業大学理学院地球惑星科学系)

10:00 〜 10:15

[SGC33-05] 北海道神居古潭帯超苦鉄質岩の全岩化学組成:Os-Ir枯渇にみる沈み込み帯火成活動のシグナル

*森 英寿1石川 晃1横山 哲也1小木曽 哲2秋澤 紀克3 (1.東京工業大学 理学院 地球惑星科学系、2.京都大学、3.東京大学 大気海洋研究所 海洋底科学部門)

キーワード:強親鉄性元素、Os同位体比、沈み込み帯、神居古潭帯、超苦鉄質岩

リソスフェアを構成するマントルかんらん岩は、一般に始原的なマントル物質に対してメルト成分に枯渇している。このうち、キンバライトに由来する捕獲岩として得られる太古代リソスフェアのかんらん岩は、特に高度な枯渇を示すことが知られており、その成因について未だ議論が続いている(Pearson et al., 2021)。一方、トンガ海溝やアメリカ西海岸などに代表される環太平洋沈み込み帯には、太古代リソスフェアと同程度にメルト成分に枯渇するかんらん岩体が報告されており、太古代リソスフェアの溶融条件を検討する上でのアナログとなる可能性がある(Day & Brown, 2021; Snortum & Day, 2020)。北海道の神居古潭変成帯の構成ユニットとして産する超苦鉄質岩体は単斜輝石が見られないハルツバージャイト、ダナイトといった高度に枯渇したかんらん岩を原岩とすることが報告されている(加藤・中川, 1986)。南北に葉片状に連なっている超苦鉄質岩体は北部ほど高度に枯渇しているとの記載があるが(田村ほか, 1999)、全域的に強い蛇紋岩化作用を受けておりその全貌は未だ不明瞭である。本研究では、岩内岳から鷹泊・幌加内地域を経て天塩地域に至るまでの超苦鉄質岩の全岩化学分析の結果を報告する。特に二次的な変質の影響が少ないとされる強親鉄性元素(HSEs:Os, Ir, Ru, Pt, Pd, Re)の存在度パターンやOs同位体比に着目することにより、溶融条件とともに溶融年代に関する制約を試みた。
 神居古潭変成帯の超苦鉄質岩のLOI(強熱減率)とHSEsには明瞭な相関関係はなく、Os同位体比についても同様であった。一方、OsとIrの存在度には極めて明瞭な線形相関があり、地域によらず大きな変動幅を持つ(Os = 0.001–24 ng/g; Ir = 0.004–17 ng/g)。主要元素組成との関連においては、Alなどの液相濃集元素が枯渇している試料ほどOs、Ir濃度のバリエーションが大きくなる傾向が存在するが、始原的マントル存在度(Becker et al, 2006)により規格化した値(Os/OsPUMとIr/IrPUM)が1以下となる試料が支配的である。加えて、Os/OsPUM が0.01以上の試料の187Os/188Os比は±0.001以下の精度で0.119から0.126と求められ、始原的なマントルの推定値(Meisel et al, 1996)よりも低い値であった。
 本研究の試料における蛇紋岩化の程度をLOIと対応させると、蛇紋岩化によるHSEsとOs同位体比の変動はほとんど無い。よって、以下ではこれらのデータを用いた議論を行う。Os-Irが枯渇している試料は、液相濃集元素に枯渇している試料に限られるという結果からは、かんらん岩が高度に枯渇するのに伴いOs-Irが移動することが予想される。先行研究では、かんらん岩の高度な枯渇のメカニズムとして、沈み込み帯に関連した開放系の溶融モデル(Nishio et al, 2023)や、メルトチャネル形成に伴うダナイトの形成モデル(Kubo, 2002)などが考案されており、これらのモデルの中でボニナイト質のメルトとの関連が指摘されてきた。以上より、ボニナイトのような特殊な組成のメルトが関与した沈み込み帯の火成活動が、通常は固相側に濃集するOs-Irが液相に濃集するような溶融環境を生じさせると考えた。また、Os-Irが多く含まれる試料は溶融イベントにおけるOs-Irの溶出と濃集相の形成を支持する。これは、神居古潭帯の蛇紋岩分布域にて採取される砂白金が、Os-Ir合金を主体とするという報告(弥永, 2006)とも整合する。一方、Os/OsPUMとIr/IrPUMが0.01以上の試料に対しRe枯渇モデル年代による年代推定を行うと、およそ8〜14億年以前の溶融を記録していることが示された。この年代は、神居古潭帯を含む東北日本弧が形成されたアジア大陸東縁で、沈み込みが開始したとされるジュラ紀前期よりも古い(Tang et al., 2018)。よってこの年代は、沈み込み帯における溶融とは別の溶融イベントの年代を表すと考えた。以上より、神居古潭帯のかんらん岩は現在の造構場に組み込まれるよりも前に一度溶融しており、その後二次的な溶融を受けたと思われる。この際にボニナイトのようなメルトが関与した沈み込み帯の火成活動によって、かんらん岩中からOs-Irが枯渇するものと見られる。