日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-MP 岩石学・鉱物学

[S-MP24] 変形岩・変成岩とテクトニクス

2024年5月30日(木) 09:00 〜 10:15 301A (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:中村 佳博(国立研究開発法人産業技術総合研究所 地質調査総合センター)、永冶 方敬(東京学芸大学)、針金 由美子(産業技術総合研究所)、山岡 健(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、座長:中村 佳博(国立研究開発法人産業技術総合研究所 地質調査総合センター)、山岡 健(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、針金 由美子(産業技術総合研究所)、永冶 方敬(東京学芸大学)

09:45 〜 10:00

[SMP24-04] 放射光X線吸収微細構造分光法による微小領域鉄化学種解析に基づく三波川変成帯別子地域エクロジャイト相岩体の温度圧力構造の再評価

*伊藤 泰輔1ウォリス サイモン1高橋 嘉夫1遠藤 俊祐2 (1.東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻、2.島根大学 総合理工学部 地球科学科)

キーワード:沈み込み帯、エクロジャイト、オンファス輝石、ざくろ石-単斜輝石地質温度計、XAFS分光法

プレート収束境界の熱構造は地震発生領域やマグマ形成領域の理解に欠かせない重要な情報である。しかし熱構造の推定には大きな誤差が伴われており、熱流量や地震波などの地球物理観測に基づく数値モデルでは数100℃以上の温度の不一致が存在することが問題だった (Penniston-Dorland et al., 2015)。とりわけ上盤マントル内部の対流様式は推定される熱構造に大きな違いをもたらすため、地質学的な手法による検証が必要である。
西南日本白亜紀沈み込み型変成帯である三波川帯の温度圧力構造には、四国中央部における低温高圧型変成岩の岩石学的解析から圧力約2.0 GPa (深さ約 65 km) 以上に顕著な温度勾配の増大が存在することが示唆されている (Aoya et al., 2009)。この特徴は、沈み込むスラブと上盤マントルの固着により誘起されるマントル対流が及ぼす高温条件を表し、van Keken et al. (2002)に代表される沈み込み帯温度圧力構造の数値モデルを支持するものと考えられる。一方で、Gerya et al. (2002)に代表されるような沈み込みチャネル内部の対流を考慮した数値モデルでは温度勾配の上昇は認識されず、モデルとしての妥当性を欠いている可能性がある。
しかし従来、本温度圧力条件で広く安定なエクロジャイトの変成温度見積もりには、主要構成鉱物であるオンファス輝石 (Ca-Na単斜輝石; (Ca,Na)(Mg,Fe2+,Fe3+,Al)Si2O6) のFe3+/Fe2+比の間接的推定に伴われる不確実性に起因した大きな推定誤差 (>±100℃; Carswell & Zhang, 1999) が存在しており、実際には岩石学的に得られた温度圧力構造には大きな誤差が見込まれる。この問題を解決するには、鉱物化学組成の定量分析で用いるEPMAと同程度の微小領域でのオンファス輝石の鉄化学種解析、すなわちオンファス輝石やざくろ石が示す変成履歴を反映した組成不均質と鉱物の包含関係を十分に区別できる程度の微小領域においてFe3+/Fe2+比を直接測定する必要がある。
本研究では、三波川帯四国中央部別子地域に分布するエクロジャイト相岩体の温度圧力構造を再評価し、沈み込み帯数値モデルの検証を試みた。野外調査とエクロジャイトの詳細な岩石学的解析を行った上で、放射光X線吸収微細構造 (XAFS) 分光法を用いてエクロジャイト中のオンファス輝石の局所Fe3+/Fe2+比を非破壊かつ5 μm角で決定し、地質温度圧力推定を実施した。放射光XAFS分光法は高エネルギー加速器研究機構Photon Factory BL-4Aで行ない、Fe K吸収端XANESスペクトルを蛍光収量法で得た。約7112 eVに現れる1s→3d/4p遷移に帰属されるpre-edgeピークの解析をもとにFe3+/Fe2+比を決定すると同時に、回帰分析の精度を高めるため複数の単斜輝石標準試料を使用し、それらのFe3+/Fe2+比はMössbauer分光法で正確に決定した。
オンファス輝石のFe3+/Fe2+比は従来の間接的推定法 (charge balance, Fe3+=Na–VIAl–Cr) から計算される値よりも幅広い値を示し、かつ真のFe3+/Fe2+比がおよそ0.5以上のオンファス輝石では間接的推定法はFe3+/Fe2+比を必ず過小評価することが明らかになった。同時に、このような過小評価には輝石組成式中の陽イオン欠陥との正の相関が認められ、詳細な端成分解析の結果、M2席に空席を持つCa-Al輝石端成分であるCa-Eskola成分 (Ca0.5[vacancy]0.5AlSi2O6) が含有されることが新たに分かった。Ca-Eskola成分は権現岩体の石英-藍晶石エクロジャイト中のオンファス輝石に特に多く見出され、本成分の固溶によるnon-stoichiometryが間接的推定の過小評価の原因であることが示された。なお、SiO2相として石英が安定な天然の高圧変成岩中にCa-Eskola成分が見出されたことは重要で、Ca-Eskola成分が超高圧変成作用の指標の1つであるという従来の考え (e.g., Smyth, 1980) には修正が必要で、Ca-Eskola成分の安定圧力下限はコース石から石英安定領域にまで広がり、温度や全岩組成にも依存しうることが予想される。
新たに再評価された後期白亜紀 (89-85 Ma) の三波川沈み込み帯の温度圧力構造には、 圧力約2.0 GPa以上における温度勾配の増大が改めて認識され、深さ約65 km以深において沈み込むスラブと上盤プレートが固着することで誘起された沈み込み帯への高温マントルの流動が生じていた可能性が高いことが分かった。この結果はvan Keken et al. (2002)に代表される沈み込み帯数値モデルの妥当性を天然の岩石記録から支持する。今後、五良津岩体や権現岩体などの粗粒エクロジャイト相岩体について直接的なエクロジャイト相変成年代の決定が望まれるほか、光学的異方体におけるX線吸収の結晶方位依存性が及ぼす化学種評価への影響の定量化が必要である。

引用文献
[1] Penniston-Dorland et al. (2015), EPSL, 428, 243-254.
[2] Aoya et al. (2009), Terra Nova, 21, 67-73.
[3] van Keken et al. (2002), Geochem, Geophys, Geosyst., 3(10), 1056.
[4] Gerya et al. (2002), Tectonics., 21(6), 1056.
[5] Carswell and Zhang (1999), Int. Geol. Rev., 41, 781-798.
[6] Smyth (1980), Am. Mineral., 65, 1185-1192.