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[ACG52-04] 北西太平洋亜寒帯域植物プラントンブルーム過程における鉄の生物利用能の変化
キーワード:有機配位子、鉄、植物プランクトン、北西太平洋亜寒帯、デスフェリオキサミンB、プロトポルフィリンIX
鉄は北太平洋亜寒帯域など高栄養塩低クロロフィル(HNLC)海域における一次生産の制限要因の一つである。外洋表層の溶存鉄の99%以上は天然の有機配位子と錯形成しているため、植物プランクトンによる有機錯体鉄の利用過程の解明は一次生産の制御機構を理解する上で重要である。海水中に存在する鉄の有機配位子には、原核生物が鉄欠乏時に生産するシデロフォアや、細胞溶解や摂食過程で滲出する色素やタンパク質由来化合物、細胞外多糖類、腐植物質などがある。これらの種類の違いは植物プランクトンによる鉄取り込み速度から推定される鉄の生物利用能に影響を与えるが、植物プランクトンの増殖応答がブルーム過程でどう変化するかについては明らかでない。本研究では、それを解明するため船上培養実験を実施した。
船上培養実験は北西太平洋亜寒帯域にて計5回実施した(Ex1~Ex5)。Ex1では白鳳丸KH-03-02次航海(2003年10月)の測点 6(48°50’N, 165°00’E)で得たHNLC状態の水を、Ex2〜Ex5では白鳳丸KH-04-03次航海(2004年7~8月)で行われた大規模鉄撒布実験SEEDS II(Tsuda et al., 2007)で形成された植物プランクトンブルームパッチ内の水を10 m層から採取した。Ex2〜Ex5の培養開始時の海水は、Chl a濃度から、それぞれブルームの誘導期(Ex2)、増殖期(Ex3)、安定期(Ex4)、衰退期(Ex5)と判断された。培養実験用の海水は孔径202 µmのテフロンメッシュを通して大型動物プランクトン等を排除した後、以下の処理を行なった。Ex1では、陸上微生物由来シデロフォアであるdesferrioxamine B(DFB)と、ポルフィリン化合物であるprotoporphyrin-IX(PP)を有機配位子として用い、それぞれ無機鉄と有機配位子を1:10の割合で混合した溶液を作成して、有機錯体鉄濃度が4 nMになるように添加した。また比較のため、4 nM無機鉄添加区を設定し、未処理のものを対照区とした。Ex2〜Ex5では40 nMのPPのみを添加する実験区(PP添加区)、DFBのみを0.5、1、5、10、100 nM添加する実験区、無機鉄添加区を設定した。培養はEx1では7日間、Ex2〜Ex5では4日間、3連で行った。植物プランクトンの増殖応答はサイズ分画Chl a濃度(≥10 μm、<10 μm、蛍光法)、ピコ・ナノ植物プランクトン細胞密度(フローサイトメトリー)で評価した。
培養開始時、全ての実験において全Chl aの65%以上は<10 µmサイズ画分で占められていた。一方、初期溶存鉄濃度はEx1〜Ex5で0.06、0.16、0.59、0.54、0.11 nMと変化した。Ex1では全Chl a濃度は無機鉄添加区で対照区に比べて高い値を示したが、PP鉄添加区ではそれを上回る増加が認められた。このChl aの増加は主に<10 µmサイズ画分によるものであり、ピコ真核植物プランクトンおよびSynechococcus細胞密度も他系列に比べ増加した。一方、DFB鉄添加区ではChl aやピコ・ナノ植物プランクトン細胞密度に有意な低下が認められた。Ex1とEx2〜Ex5では増殖応答に相違点が見られた。PP添加に関しては、誘導期や増殖期でEx1同様の増殖促進効果が認められたが、安定期や衰退期では見られなかった。ブルーム安定期や衰退期では、パッチ内に動物プランクトンによる捕食等に由来するポルフィリン様化合物が多く存在していた可能性に加え、現場の鉄濃度自体の低下によって、増殖促進効果が不明瞭になったと考えられた。一方、DFBによる増殖抑制効果はEx2〜Ex5のいずれにおいても高濃度の添加(100 nM)で認められたが、それ以下ではその効果は低下し、対照区との差も不明瞭になった。Ex2〜Ex5では各実験開始時のパッチ内の天然有機配位子濃度は0.58 – 1.80 nMの範囲で推移しており、低濃度のDFB添加では天然有機配位子と鉄の錯形成に関して競合し、増殖抑制効果が低下したと考えられた。一方、増殖期には高濃度のDFB存在下でもナノ真核植物プランクトンやクリプト藻の細胞密度は対照区に比べ増加し、DFBの効果も生理状態により変化することが示唆された。本研究により、北西太平洋亜寒帯域の植物プランクトン群集の増殖に関わる鉄利用能は、存在する有機配位子の種類や濃度、またプランクトン自身の生理状態や種組成に強く影響を受けることが示された。一方で、PPは海水に難溶であることが指摘されており、本研究で見られた増殖促進機構については不明な点が多い。今後、有機配位子が現場海水中の鉄の生物利用能を高める機構について検討する必要がある。
船上培養実験は北西太平洋亜寒帯域にて計5回実施した(Ex1~Ex5)。Ex1では白鳳丸KH-03-02次航海(2003年10月)の測点 6(48°50’N, 165°00’E)で得たHNLC状態の水を、Ex2〜Ex5では白鳳丸KH-04-03次航海(2004年7~8月)で行われた大規模鉄撒布実験SEEDS II(Tsuda et al., 2007)で形成された植物プランクトンブルームパッチ内の水を10 m層から採取した。Ex2〜Ex5の培養開始時の海水は、Chl a濃度から、それぞれブルームの誘導期(Ex2)、増殖期(Ex3)、安定期(Ex4)、衰退期(Ex5)と判断された。培養実験用の海水は孔径202 µmのテフロンメッシュを通して大型動物プランクトン等を排除した後、以下の処理を行なった。Ex1では、陸上微生物由来シデロフォアであるdesferrioxamine B(DFB)と、ポルフィリン化合物であるprotoporphyrin-IX(PP)を有機配位子として用い、それぞれ無機鉄と有機配位子を1:10の割合で混合した溶液を作成して、有機錯体鉄濃度が4 nMになるように添加した。また比較のため、4 nM無機鉄添加区を設定し、未処理のものを対照区とした。Ex2〜Ex5では40 nMのPPのみを添加する実験区(PP添加区)、DFBのみを0.5、1、5、10、100 nM添加する実験区、無機鉄添加区を設定した。培養はEx1では7日間、Ex2〜Ex5では4日間、3連で行った。植物プランクトンの増殖応答はサイズ分画Chl a濃度(≥10 μm、<10 μm、蛍光法)、ピコ・ナノ植物プランクトン細胞密度(フローサイトメトリー)で評価した。
培養開始時、全ての実験において全Chl aの65%以上は<10 µmサイズ画分で占められていた。一方、初期溶存鉄濃度はEx1〜Ex5で0.06、0.16、0.59、0.54、0.11 nMと変化した。Ex1では全Chl a濃度は無機鉄添加区で対照区に比べて高い値を示したが、PP鉄添加区ではそれを上回る増加が認められた。このChl aの増加は主に<10 µmサイズ画分によるものであり、ピコ真核植物プランクトンおよびSynechococcus細胞密度も他系列に比べ増加した。一方、DFB鉄添加区ではChl aやピコ・ナノ植物プランクトン細胞密度に有意な低下が認められた。Ex1とEx2〜Ex5では増殖応答に相違点が見られた。PP添加に関しては、誘導期や増殖期でEx1同様の増殖促進効果が認められたが、安定期や衰退期では見られなかった。ブルーム安定期や衰退期では、パッチ内に動物プランクトンによる捕食等に由来するポルフィリン様化合物が多く存在していた可能性に加え、現場の鉄濃度自体の低下によって、増殖促進効果が不明瞭になったと考えられた。一方、DFBによる増殖抑制効果はEx2〜Ex5のいずれにおいても高濃度の添加(100 nM)で認められたが、それ以下ではその効果は低下し、対照区との差も不明瞭になった。Ex2〜Ex5では各実験開始時のパッチ内の天然有機配位子濃度は0.58 – 1.80 nMの範囲で推移しており、低濃度のDFB添加では天然有機配位子と鉄の錯形成に関して競合し、増殖抑制効果が低下したと考えられた。一方、増殖期には高濃度のDFB存在下でもナノ真核植物プランクトンやクリプト藻の細胞密度は対照区に比べ増加し、DFBの効果も生理状態により変化することが示唆された。本研究により、北西太平洋亜寒帯域の植物プランクトン群集の増殖に関わる鉄利用能は、存在する有機配位子の種類や濃度、またプランクトン自身の生理状態や種組成に強く影響を受けることが示された。一方で、PPは海水に難溶であることが指摘されており、本研究で見られた増殖促進機構については不明な点が多い。今後、有機配位子が現場海水中の鉄の生物利用能を高める機構について検討する必要がある。