JpGU-AGU Joint Meeting 2017

講演情報

[JJ]Eveningポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気水圏科学複合領域・一般

[A-CG50] [JJ] 沿岸海洋生態系──2.サンゴ礁・藻場・マングローブ

2017年5月24日(水) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (国際展示場 7ホール)

[ACG50-P06] 重水素標識法に基づく海草藻場食物網構造とその環境変動応答の解析技術の開発

*宮島 利宏1堀 正和2佐藤 允昭2濱岡 明子2濱岡 秀樹2 (1.東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系、2.水産研究・教育機構 瀬戸内海区水産研究所)

キーワード:食物網解析、パルス・チェイス実験、安定同位体マッピング、沿岸域底生生態系、生態系機能、メソコズム

沿岸海洋生態系の生物群集は、現地性・異地性の多様な資源の供給に依存した生活を営んでいる。生物群集に最初に供給される炭素・エネルギー源をbasal resource(基底資源)と呼ぶことにすると、例えばアマモ場生物群集の場合、アマモ自体、アマモに付着する微細藻類、堆積物表面の底生藻類など、現地性の基底資源に加えて、プランクトン由来の懸濁・沈降有機物粒子や、陸域・沿岸湿地等に由来する有機物など、立地条件に応じて多様な異地性の基底資源が供給されていることがわかる。各基底資源は化学的な反応性や元素組成が異なるため、そこから出発する食物連鎖の回転時間や転換効率もまた基底資源ごとに大きく異なっている。このように、異なるダイナミクスを持つ複数の基底資源が生物群集に供給されているという事実が、生態系の安定性や復元力に大きな影響を与えていると考えられている。
 安定同位体比マッピングや消化管内容物分析等の従来の食物網研究法は、どの生物がどの基底資源から発する連鎖上にあるかという関係を解明するためには有効な方法であるが、単独では各連鎖系のダイナミクスを明らかにするための直接的な手段とはなりにくいという弱点を持っている。一方、微生物やプランクトンの生態学研究の分野では、回転時間や転換効率を実測するための手法として、放射性同位体や濃縮安定同位体を応用したトレーサー実験の技術が広く普及している。そこで本研究では、海草藻場生物群集における基底資源ごとのダイナミクスを解明するための一手法として、同位体トレーサーによるパルス・チェイス法をメソコスム実験に応用することを試みた。トレーサーとしては重水素(2H)を使用し、海草藻場のマクロベントス(体長1 mm以上の底生動物)群集における現地性基底資源(海草自体とその付着藻類)の利用状況を解析する場合に適用した。
 初めに予備実験として、亜熱帯性海草のThalassia hemprichiiCymodocea rotundata2H, 13C, 15Nで同時にパルス・ラベルして海草への取込と転流のパターンがこれらの元素間でどのように異なるかを調べた。また同様に三種類のラベルをした海草と付着藻類を底生動物に摂食させ、動物による同化率が元素間で異なるか調べた。次に本実験として、同じ海草種とSyringodium isoetifoliumを重水素単独でラベルして底生動物に摂食させた。重水素標識は他の元素の安定同位体比には影響しないので、各動物種の食物網における位置を従来のC-N安定同位体比マッピングで推定し、同時に同じ試料の水素同位体比を用いてラベルされた資源のその動物による利用率を推定するという複合的なアプローチが可能になる。さらに応用例として、二酸化炭素負荷による酸性化メソコスムを利用して、アマモとその付着藻類を起点とする食物連鎖系が酸性化によってどのような影響を受けるかを解明することを目的とした実験に本手法を応用することを試みた。今回の発表では、これらの実験の方法と得られた結果の概要を説明すると共に、重水素をトレーサーとして用いる場合の技術的な問題点とその考えられる回避策についても論じる。