[AOS30-P01] インドネシア・ジャカルタ湾における貧酸素水塊
キーワード:貧酸素水塊、ジャカルタ湾、インドネシア、熱帯、溶存酸素
【はじめに】
ジャカルタ湾はジャワ島西部北岸に位置する幅約30km、奥行き約16kmの開放性の湾で、南緯6度と赤道近くに位置する(Fig.1)。湾奥沿岸にはインドネシア最大の都市であるジャカルタがある。ジャカルタの人口は約1000万人で東京に匹敵する。平均水深は15mと浅く、湾内には13本の中小河川が流入する(Wouthuyzen et al., 2011)。このうち東岸に流入するCitarum川は西ジャワ州最大の河川である。ジャカルタ湾では定置網漁やミドリイガイ養殖など活発な漁業が行われているが、近年、しばしば大規模な魚類の斃死が発生している。この原因として、貧酸素水塊の湧昇が疑われている(Sachoemar and Wahjono, 2007)。しかし、ジャカルタ湾における溶存酸素濃度のデータは少なく、上記の仮説は確認されていない。さらに、熱帯域、特に赤道域の沿岸海域における貧酸素水塊に関する報告はほとんどない。東京湾・伊勢湾・チェサピーク湾など温帯域における多くの大都市沿岸の内湾では、夏季の貧酸素水塊発生が大きな問題になっている。春から夏にかけての海面加熱と河川流量増大が引き起こす成層強化が、これら温帯域内湾の貧酸素水塊形成の引き金になっている。しかし、気温の季節変動がほとんどないなど、熱帯域の気候の季節変動は温帯域と大きく異なる。したがって、ジャカルタ湾で貧酸素水塊が発生しているとすれば、その形成機構は温帯域とは異なる可能性が高い。そこで本研究では、ジャカルタ湾の溶存酸素濃度の季節変動を明らかにするために現地観測を行った。
【方法】
2015年12月から2017年2月にかけて、ジャカルタ湾内の26~29測点において、約3ヶ月毎に6回の水質分布調査を行った。観測日をTable 1に示す。各回の観測は5~6時間の間に実施したが、2015年12月のみ2日に分けて観測した。観測では、各点で多項目水質計(JFEアドバンテック製RINKO Profiler、2015年12月のみAAQ1183)を用いて、水温・塩分・溶存酸素濃度・クロロフィル蛍光・濁度の鉛直分布を測定すると共に、セッキー板で透明度を測定した。2016年7月18日に有明海においてRINKO ProfilerとAAQ1183の同時測定をしてインターキャリブレーションを行った。クロロフィル蛍光のみ両測器の測定値に差が見られたので、検量線によってRINKO Profilerの値に統一した。
【結果と考察】
ジャカルタ湾では、6回全ての観測において底層に貧酸素水塊が観測され(Fig.2)、いずれも溶存酸素濃度最低値は2mg/L以下となっていた。これは、ジャカルタ湾では年間を通して貧酸素水塊が存在することを示唆する。貧酸素水塊の規模や分布は観測時期によって異なった。季節的に見ると、雨期(北西モンスーン)の盛期である2月には、貧酸素化は緩和されていた。一方で、その前の乾期から雨期への移行期である11~12月には、貧酸素水塊は最も発達していた。貧酸素水塊は水深5~15mの浅海域に分布することが多く、特に湾奥東部に発生することが多かった。2016年5月の湾奥東部沿岸域では、表層でも3mg/L以下の溶存酸素濃度となっていた。これは、貧酸素水塊の湧昇が実際に起きていることを示す。水温成層は年間を通してほとんどないか、あっても表底で2℃程度の差しかなかった。それに対して塩分成層は周年存在した。貧酸素化が緩和された2月には成層強度は弱まっていた。一方で、11~12月には水柱は比較的強く成層していた。
赤道域に位置するジャカルタ湾では、基本的に年間を通して海面冷却よりも海面加熱が卓越するため、温帯域内湾で秋季~冬季に起きるような対流による海底までの鉛直混合は生じにくい。ただし、北西モンスーンによる強風・高い波浪により、雨期盛期には鉛直混合が起こりやすいと考えられる。その結果、密度成層が弱まり、底層への酸素供給が増加するため、貧酸素化が緩和されるものと考えられる。標高があまり高くない地域にある深い熱帯湖沼では永年水温躍層が形成され(oligomictic)(Hutchinson and Loffler, 1956)、それ以深が貧酸素化することが知られている(Lehmusluoto and Machbub, 1995等)。しかし、ジャカルタ湾の場合は、そのような安定な水温躍層は存在せず、水深が浅いにも関わらず、周年にわたって貧酸素水塊が存在する。これは、1)潮位差が1m以下と潮汐混合が弱く、河川水の影響を受けるために本海域が成層しやすいこと、2)熱帯域では海面冷却による継続的な鉛直混合が生じにくく、成層が維持されやすいこと、3)おそらく本海域の酸素消費速度がかなり大きいこと、によると考えられる。ジャカルタ湾では1975年から2000年にかけてリン酸態リン濃度が約10倍になり(Arifin, 2004)、湾奥部は超富栄養な環境になっている(Damar, 2003)。また、底層水温は周年で28℃以上と高水温である。したがって、常に活発な有機物分解による大きな酸素消費があると予測される。
今後は、このような季節変動が毎年同じように生じているのかどうか確かめるために継続的な観測を実施すると共に、酸素消費速度の実測と数値モデルによる検討によって、上記の貧酸素水塊形成機構の検証を進めたい。
ジャカルタ湾はジャワ島西部北岸に位置する幅約30km、奥行き約16kmの開放性の湾で、南緯6度と赤道近くに位置する(Fig.1)。湾奥沿岸にはインドネシア最大の都市であるジャカルタがある。ジャカルタの人口は約1000万人で東京に匹敵する。平均水深は15mと浅く、湾内には13本の中小河川が流入する(Wouthuyzen et al., 2011)。このうち東岸に流入するCitarum川は西ジャワ州最大の河川である。ジャカルタ湾では定置網漁やミドリイガイ養殖など活発な漁業が行われているが、近年、しばしば大規模な魚類の斃死が発生している。この原因として、貧酸素水塊の湧昇が疑われている(Sachoemar and Wahjono, 2007)。しかし、ジャカルタ湾における溶存酸素濃度のデータは少なく、上記の仮説は確認されていない。さらに、熱帯域、特に赤道域の沿岸海域における貧酸素水塊に関する報告はほとんどない。東京湾・伊勢湾・チェサピーク湾など温帯域における多くの大都市沿岸の内湾では、夏季の貧酸素水塊発生が大きな問題になっている。春から夏にかけての海面加熱と河川流量増大が引き起こす成層強化が、これら温帯域内湾の貧酸素水塊形成の引き金になっている。しかし、気温の季節変動がほとんどないなど、熱帯域の気候の季節変動は温帯域と大きく異なる。したがって、ジャカルタ湾で貧酸素水塊が発生しているとすれば、その形成機構は温帯域とは異なる可能性が高い。そこで本研究では、ジャカルタ湾の溶存酸素濃度の季節変動を明らかにするために現地観測を行った。
【方法】
2015年12月から2017年2月にかけて、ジャカルタ湾内の26~29測点において、約3ヶ月毎に6回の水質分布調査を行った。観測日をTable 1に示す。各回の観測は5~6時間の間に実施したが、2015年12月のみ2日に分けて観測した。観測では、各点で多項目水質計(JFEアドバンテック製RINKO Profiler、2015年12月のみAAQ1183)を用いて、水温・塩分・溶存酸素濃度・クロロフィル蛍光・濁度の鉛直分布を測定すると共に、セッキー板で透明度を測定した。2016年7月18日に有明海においてRINKO ProfilerとAAQ1183の同時測定をしてインターキャリブレーションを行った。クロロフィル蛍光のみ両測器の測定値に差が見られたので、検量線によってRINKO Profilerの値に統一した。
【結果と考察】
ジャカルタ湾では、6回全ての観測において底層に貧酸素水塊が観測され(Fig.2)、いずれも溶存酸素濃度最低値は2mg/L以下となっていた。これは、ジャカルタ湾では年間を通して貧酸素水塊が存在することを示唆する。貧酸素水塊の規模や分布は観測時期によって異なった。季節的に見ると、雨期(北西モンスーン)の盛期である2月には、貧酸素化は緩和されていた。一方で、その前の乾期から雨期への移行期である11~12月には、貧酸素水塊は最も発達していた。貧酸素水塊は水深5~15mの浅海域に分布することが多く、特に湾奥東部に発生することが多かった。2016年5月の湾奥東部沿岸域では、表層でも3mg/L以下の溶存酸素濃度となっていた。これは、貧酸素水塊の湧昇が実際に起きていることを示す。水温成層は年間を通してほとんどないか、あっても表底で2℃程度の差しかなかった。それに対して塩分成層は周年存在した。貧酸素化が緩和された2月には成層強度は弱まっていた。一方で、11~12月には水柱は比較的強く成層していた。
赤道域に位置するジャカルタ湾では、基本的に年間を通して海面冷却よりも海面加熱が卓越するため、温帯域内湾で秋季~冬季に起きるような対流による海底までの鉛直混合は生じにくい。ただし、北西モンスーンによる強風・高い波浪により、雨期盛期には鉛直混合が起こりやすいと考えられる。その結果、密度成層が弱まり、底層への酸素供給が増加するため、貧酸素化が緩和されるものと考えられる。標高があまり高くない地域にある深い熱帯湖沼では永年水温躍層が形成され(oligomictic)(Hutchinson and Loffler, 1956)、それ以深が貧酸素化することが知られている(Lehmusluoto and Machbub, 1995等)。しかし、ジャカルタ湾の場合は、そのような安定な水温躍層は存在せず、水深が浅いにも関わらず、周年にわたって貧酸素水塊が存在する。これは、1)潮位差が1m以下と潮汐混合が弱く、河川水の影響を受けるために本海域が成層しやすいこと、2)熱帯域では海面冷却による継続的な鉛直混合が生じにくく、成層が維持されやすいこと、3)おそらく本海域の酸素消費速度がかなり大きいこと、によると考えられる。ジャカルタ湾では1975年から2000年にかけてリン酸態リン濃度が約10倍になり(Arifin, 2004)、湾奥部は超富栄養な環境になっている(Damar, 2003)。また、底層水温は周年で28℃以上と高水温である。したがって、常に活発な有機物分解による大きな酸素消費があると予測される。
今後は、このような季節変動が毎年同じように生じているのかどうか確かめるために継続的な観測を実施すると共に、酸素消費速度の実測と数値モデルによる検討によって、上記の貧酸素水塊形成機構の検証を進めたい。