[0003] 上肢の運動方向が腰部多裂筋深層線維の反応時間に及ぼす影響
Keywords:腰部多裂筋深層線維, ワイヤ筋電図, 反応時間
【はじめに,目的】
予測的姿勢制御とは,身体の一部を運動させるとき,全身の平衡が乱れるのを防ぐ姿勢制御である。そして,同時期に体幹深層筋のフィードフォワード活動(FF)が起こる。この活動は,方向特異性がないことから幾何学的な位置の崩れを予測して活動する姿勢制御とは異なり,体幹と骨盤帯の安定性に寄与する筋活動であると推測されている。しかし,先行研究は少なく,特に体幹深層筋のひとつである腰部多裂筋深層線維については,十分に検討されていない。そのため,本研究目的は,異なる方向への上肢運動課題が腰部多裂筋の反応時間に及ぼす影響を検証することとした。
【方法】
対象は整形外科的,神経学的疾患のない健常成人男性10名とした。対象者の取り込み基準は,床への垂線と恥骨結合と上前腸骨棘を結ぶ線のなす角が±5°以下とし,骨盤アライメントが不良な者は予め除外した。
運動課題は,「前」「後ろ」音刺激に反応し,できるだけ素早く肩関節を屈曲90度まで,伸展45度までの随意運動とした。なお,課題遂行中の体幹の代償動作ができるだけ生じないようにと指示をした。音刺激は3秒から7秒の不規則な間隔で,ランダムに前と後ろ5回ずつとした。立位姿勢は,両上肢をリラックスさせ,体重は両足に均等に載せ,足幅は15cmとした。
測定は,表面筋電図とワイヤ筋電図(TRIAS,DKH社製)を用い,サンプリング周波数は1000Hzとした。表面筋電図の測定筋は,右三角筋鎖骨部と肩甲棘部とした。ワイヤ筋電図の測定筋は,左腰部多裂筋浅層線維(SM)と深層線維(DM)とした。ワイヤ電極(ユニークメディカル社製)は,整形外科医が超音波画像を確認しながら挿入した。なお,ワイヤ電極はカテラン針に通した状態で,過酸化水素低温プラズマ滅菌システム(ステラッドNX)を用いて滅菌処理を行った後,使用した。
三角筋の筋活動の開始は,安静立位で測定したRoot Mean Squareの平均値±2SDを超えた地点とした。SMとDMについては,先行研究に準じブラインドされた1名によって視覚的に決定し,三角筋との差を反応時間とした。なお,上肢の動きに関与しないとされている三角筋の筋活動開始-100msec以前と+200msec以降の活動は除外した。
解析に用いた変数は反応時間とし,筋毎に運動方向の比較および運動方向毎のSMとDMの比較について,対応のあるt検定を用いた。すべての統計学的解析はSPSS ver.19を使用し,有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
すべての対象者に研究の主旨と方法を説明し,書面にて承諾を得た。なお,所属機関の研究倫理委員会の承認を得た後,実施した。
【結果】
屈曲では,DMは-4.5±29.3msec,SMは-5.3±23.3 msecであった。伸展では,DMは78.5±27.3 msec,SMは61.1±42.6 msecであった。統計学的解析の結果,いずれの筋も,伸展に対し屈曲で反応時間は有意に早かった。また,いずれの運動方向についても,DMとSMの反応時間に有意差は認めなかった。
【考察】
先行研究において三角筋の発火-100msecから+50msecの範囲内での活動をFFとし,DMは運動方向に依存せずFFが生じることが報告されている。しかし,本研究結果は,DMは伸展に対し屈曲で反応時間は有意に早かった。さらに,+50msec以前の活動をFFとすると,屈曲ではFFとして活動し,伸展ではFFとして活動しない対象者が多く,MacDonaldら(2009)の結果と一致した。このDMに方向特異性が示された要因は,DMは腹横筋とは異なる解剖学的な特徴のためと考える。腹横筋は,矢状面において腰椎の屈曲の作用と,胸腰筋膜を緊張させることによる伸展の作用をもつ。一方,DMは腰椎伸展作用のみであり,そのため上肢伸展課題では,FFとして活動しなかったと推測される。また,手を後ろに動かすこと自体が日常的な動作ではなく,DMを用いて脊柱を安定化させる中枢神経機構が成熟していない可能性が推測される。
また,SMとDMの反応時間に差が認めなかったから,今回の課題ではSMとDMの機能的な差を示すには至らなかったと考える。
【理学療法学研究としての意義】
DMの研究は少なく,十分に検討されていない状況にも関わらず,臨床応用が進んでいる。本研究結果は,体幹深層筋においても,必ずしもFFが生じないことを示したことは,体幹筋群の基礎的研究および臨床応用として意義深いと考える。
予測的姿勢制御とは,身体の一部を運動させるとき,全身の平衡が乱れるのを防ぐ姿勢制御である。そして,同時期に体幹深層筋のフィードフォワード活動(FF)が起こる。この活動は,方向特異性がないことから幾何学的な位置の崩れを予測して活動する姿勢制御とは異なり,体幹と骨盤帯の安定性に寄与する筋活動であると推測されている。しかし,先行研究は少なく,特に体幹深層筋のひとつである腰部多裂筋深層線維については,十分に検討されていない。そのため,本研究目的は,異なる方向への上肢運動課題が腰部多裂筋の反応時間に及ぼす影響を検証することとした。
【方法】
対象は整形外科的,神経学的疾患のない健常成人男性10名とした。対象者の取り込み基準は,床への垂線と恥骨結合と上前腸骨棘を結ぶ線のなす角が±5°以下とし,骨盤アライメントが不良な者は予め除外した。
運動課題は,「前」「後ろ」音刺激に反応し,できるだけ素早く肩関節を屈曲90度まで,伸展45度までの随意運動とした。なお,課題遂行中の体幹の代償動作ができるだけ生じないようにと指示をした。音刺激は3秒から7秒の不規則な間隔で,ランダムに前と後ろ5回ずつとした。立位姿勢は,両上肢をリラックスさせ,体重は両足に均等に載せ,足幅は15cmとした。
測定は,表面筋電図とワイヤ筋電図(TRIAS,DKH社製)を用い,サンプリング周波数は1000Hzとした。表面筋電図の測定筋は,右三角筋鎖骨部と肩甲棘部とした。ワイヤ筋電図の測定筋は,左腰部多裂筋浅層線維(SM)と深層線維(DM)とした。ワイヤ電極(ユニークメディカル社製)は,整形外科医が超音波画像を確認しながら挿入した。なお,ワイヤ電極はカテラン針に通した状態で,過酸化水素低温プラズマ滅菌システム(ステラッドNX)を用いて滅菌処理を行った後,使用した。
三角筋の筋活動の開始は,安静立位で測定したRoot Mean Squareの平均値±2SDを超えた地点とした。SMとDMについては,先行研究に準じブラインドされた1名によって視覚的に決定し,三角筋との差を反応時間とした。なお,上肢の動きに関与しないとされている三角筋の筋活動開始-100msec以前と+200msec以降の活動は除外した。
解析に用いた変数は反応時間とし,筋毎に運動方向の比較および運動方向毎のSMとDMの比較について,対応のあるt検定を用いた。すべての統計学的解析はSPSS ver.19を使用し,有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
すべての対象者に研究の主旨と方法を説明し,書面にて承諾を得た。なお,所属機関の研究倫理委員会の承認を得た後,実施した。
【結果】
屈曲では,DMは-4.5±29.3msec,SMは-5.3±23.3 msecであった。伸展では,DMは78.5±27.3 msec,SMは61.1±42.6 msecであった。統計学的解析の結果,いずれの筋も,伸展に対し屈曲で反応時間は有意に早かった。また,いずれの運動方向についても,DMとSMの反応時間に有意差は認めなかった。
【考察】
先行研究において三角筋の発火-100msecから+50msecの範囲内での活動をFFとし,DMは運動方向に依存せずFFが生じることが報告されている。しかし,本研究結果は,DMは伸展に対し屈曲で反応時間は有意に早かった。さらに,+50msec以前の活動をFFとすると,屈曲ではFFとして活動し,伸展ではFFとして活動しない対象者が多く,MacDonaldら(2009)の結果と一致した。このDMに方向特異性が示された要因は,DMは腹横筋とは異なる解剖学的な特徴のためと考える。腹横筋は,矢状面において腰椎の屈曲の作用と,胸腰筋膜を緊張させることによる伸展の作用をもつ。一方,DMは腰椎伸展作用のみであり,そのため上肢伸展課題では,FFとして活動しなかったと推測される。また,手を後ろに動かすこと自体が日常的な動作ではなく,DMを用いて脊柱を安定化させる中枢神経機構が成熟していない可能性が推測される。
また,SMとDMの反応時間に差が認めなかったから,今回の課題ではSMとDMの機能的な差を示すには至らなかったと考える。
【理学療法学研究としての意義】
DMの研究は少なく,十分に検討されていない状況にも関わらず,臨床応用が進んでいる。本研究結果は,体幹深層筋においても,必ずしもFFが生じないことを示したことは,体幹筋群の基礎的研究および臨床応用として意義深いと考える。