[0024] 高齢円背者の姿勢動作の理解に役立つ教材開発の基礎的研究
キーワード:円背, 歩行, 卒前教育
【はじめに,目的】
卒前教育で行う学内実習の課題には,教育内容の特徴を理解しやすくするために教育的に改良したある種のモデルを活用することが多い。例えば高齢者疑似体験装置(インスタントシニア)の利用などがそれに相当するが,学生が高齢者・障碍者のどのような特徴を模擬したものか十分に理解しないで安易に特殊なメガネと錘を身にまとい,あたかも高齢者・障碍者を理解した気にさせては誤解が生じかねない。これに対して筆者は学部教育の一環として2006(平成18)年度より健常な学生が高齢者の姿勢や動作に近似させる簡易装置(以下,円背ベルト)を学生らが試作し評価することに着手している。円背ベルトは高齢者に多い円背姿勢を簡便に再現することを目的とした軽量な簡易補助装置で,安価で制作が簡単,装着時に調整が可能で,苦痛を伴わないものとしている。既存の器具でなく,学生がモデルを考案することは教育的に意義がある。これまでに円背ベルトを用いた研究課題として,椅子からの立ち座り動作や浴槽の跨ぎ動作などを行い,その成果は本学術大会やWCPT学会にも公表してきた。本稿はこれら一連の研究の一環で,円背ベルトを装着した歩行が円背高齢者の特徴的な歩行をどの程度再現するか,その相似点,相違点を検証することを目的とする。
【方法】
対象は健常な成人男子大学生12名(身長173.4±4.1cm)とした。課題は,円背ベルト未着での被験者が普段行う歩行(通常歩行)と,円背ベルトを装着しての歩行(円背歩行)の2種類とした。円背姿勢は,立位にて円背ベルトを装着し,伊藤らの定義に準じ円背指数15以上の姿勢をベルトで保持した。円背指数はMilneらの方法で被験者のC7棘突起とL4棘突起にマーカーを貼り付け,側方より撮影した写真画像に第C7棘突起とL4棘突起を結んだ直線の距離Lと,この直線と脊柱の最も背面の突出した頂点と距離Hを計測しその比より算定した。動作解析は床反力計(kistler社製)と三次元動作解析装置(Vicon社)を用い,サンプリング周波数100Hzとした。反射マーカーはVicon Plug-In Gait Full Body Modelに準拠し全身の36か所に貼り付け計測した。室内の歩行路で約4mの距離を裸足で通常歩行,円背歩行の順で行った。歩行速度は各被験者の普段通りとし,各歩行の際に意識して変えることがないように指示をした。なお被験者の平均歩行速度は,通常歩行が1.1±0.1m/sec,円背歩行が1.2±0.1m/secであった。計測は通常歩行,円背歩行それぞれの 1)身体重心(COG)の高さと左右の動揺幅,2)股関節屈曲・伸展の可動範囲と股関節伸展トルク,3)足部挙上高さ,4)体幹回旋角度とし,データを比較した。統計学的解析はWilcoxonの符号付き順位検定を用いて有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は所属機関の研究倫理委員会の承認を得た上で,ヘルシンキ宣言を順守し,被験者に目的,方法,内容,成果の公表方法を口頭および書面にて十分に説明し,書面にて同意を得て行った(承認番号24-019)。
【結果】
1)COGの高さの平均は通常歩行967.0±29.0mm,円背歩行875.4±37.1mmであった。その左右の動揺幅は通常歩行24.0±18.0mm,円背歩行50.0±20.0mmで円背歩行が大きかった。
2)股関節の可動範囲は左右それぞれ通常歩行40.6±4.4°,40.8±4.8°,円背歩行29.2±7.7°,28.8±6.0°であった。左右股関節伸展最大トルクの体重比はそれぞれ通常歩行1063.0±203.6 Nmm/kg,1126.4±178.4 Nmm/kg,円背歩行882.9±165.8 Nmm/kg,913.5±240.7 Nmm/kgで円背歩行が小さかった。
3)左右の足部挙上高さは通常歩行162.3±22.6mm,164.0±17.1mm,円背歩行125.8±20.1mm,123.1±17.1mmで円背歩行が小さかった。
4)体幹の回旋角度は通常歩行17.0±3.0°,円背歩行8.2±2.0°で円背歩行が小さかった。
【考察】
円背ベルトの装着で身体重心の高さは低くなり後方に変位する高齢円背者の姿勢を再現できたと考える。これにより重心が後方に変位するため,下肢の振り出しにくさが顕著になったと考える。また,下肢が十分に振り出せず股関節が十分に伸展しないことから股関節伸展最大トルクは小さくなったと考える。股関節の可動範囲は円背ベルト装着で減少し足が上がりにくい状況が再現されたと考える。歩行時に足が十分に上がりにくいことを体現させ円背の高齢者の歩行時のつまずきや転倒のリスクを理解する教材としても有益なモデルと考える。体幹回旋の制限は円背姿勢による脊柱の可動性が制限されるほかベルトによる固定の影響の複合要因が考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
教育場面で円背高齢者の特徴的な動作を学生の円背モデルが模擬することで代用し得る内容が明らかになり,学部教育の教材にも応用の可能性が示唆された。
卒前教育で行う学内実習の課題には,教育内容の特徴を理解しやすくするために教育的に改良したある種のモデルを活用することが多い。例えば高齢者疑似体験装置(インスタントシニア)の利用などがそれに相当するが,学生が高齢者・障碍者のどのような特徴を模擬したものか十分に理解しないで安易に特殊なメガネと錘を身にまとい,あたかも高齢者・障碍者を理解した気にさせては誤解が生じかねない。これに対して筆者は学部教育の一環として2006(平成18)年度より健常な学生が高齢者の姿勢や動作に近似させる簡易装置(以下,円背ベルト)を学生らが試作し評価することに着手している。円背ベルトは高齢者に多い円背姿勢を簡便に再現することを目的とした軽量な簡易補助装置で,安価で制作が簡単,装着時に調整が可能で,苦痛を伴わないものとしている。既存の器具でなく,学生がモデルを考案することは教育的に意義がある。これまでに円背ベルトを用いた研究課題として,椅子からの立ち座り動作や浴槽の跨ぎ動作などを行い,その成果は本学術大会やWCPT学会にも公表してきた。本稿はこれら一連の研究の一環で,円背ベルトを装着した歩行が円背高齢者の特徴的な歩行をどの程度再現するか,その相似点,相違点を検証することを目的とする。
【方法】
対象は健常な成人男子大学生12名(身長173.4±4.1cm)とした。課題は,円背ベルト未着での被験者が普段行う歩行(通常歩行)と,円背ベルトを装着しての歩行(円背歩行)の2種類とした。円背姿勢は,立位にて円背ベルトを装着し,伊藤らの定義に準じ円背指数15以上の姿勢をベルトで保持した。円背指数はMilneらの方法で被験者のC7棘突起とL4棘突起にマーカーを貼り付け,側方より撮影した写真画像に第C7棘突起とL4棘突起を結んだ直線の距離Lと,この直線と脊柱の最も背面の突出した頂点と距離Hを計測しその比より算定した。動作解析は床反力計(kistler社製)と三次元動作解析装置(Vicon社)を用い,サンプリング周波数100Hzとした。反射マーカーはVicon Plug-In Gait Full Body Modelに準拠し全身の36か所に貼り付け計測した。室内の歩行路で約4mの距離を裸足で通常歩行,円背歩行の順で行った。歩行速度は各被験者の普段通りとし,各歩行の際に意識して変えることがないように指示をした。なお被験者の平均歩行速度は,通常歩行が1.1±0.1m/sec,円背歩行が1.2±0.1m/secであった。計測は通常歩行,円背歩行それぞれの 1)身体重心(COG)の高さと左右の動揺幅,2)股関節屈曲・伸展の可動範囲と股関節伸展トルク,3)足部挙上高さ,4)体幹回旋角度とし,データを比較した。統計学的解析はWilcoxonの符号付き順位検定を用いて有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は所属機関の研究倫理委員会の承認を得た上で,ヘルシンキ宣言を順守し,被験者に目的,方法,内容,成果の公表方法を口頭および書面にて十分に説明し,書面にて同意を得て行った(承認番号24-019)。
【結果】
1)COGの高さの平均は通常歩行967.0±29.0mm,円背歩行875.4±37.1mmであった。その左右の動揺幅は通常歩行24.0±18.0mm,円背歩行50.0±20.0mmで円背歩行が大きかった。
2)股関節の可動範囲は左右それぞれ通常歩行40.6±4.4°,40.8±4.8°,円背歩行29.2±7.7°,28.8±6.0°であった。左右股関節伸展最大トルクの体重比はそれぞれ通常歩行1063.0±203.6 Nmm/kg,1126.4±178.4 Nmm/kg,円背歩行882.9±165.8 Nmm/kg,913.5±240.7 Nmm/kgで円背歩行が小さかった。
3)左右の足部挙上高さは通常歩行162.3±22.6mm,164.0±17.1mm,円背歩行125.8±20.1mm,123.1±17.1mmで円背歩行が小さかった。
4)体幹の回旋角度は通常歩行17.0±3.0°,円背歩行8.2±2.0°で円背歩行が小さかった。
【考察】
円背ベルトの装着で身体重心の高さは低くなり後方に変位する高齢円背者の姿勢を再現できたと考える。これにより重心が後方に変位するため,下肢の振り出しにくさが顕著になったと考える。また,下肢が十分に振り出せず股関節が十分に伸展しないことから股関節伸展最大トルクは小さくなったと考える。股関節の可動範囲は円背ベルト装着で減少し足が上がりにくい状況が再現されたと考える。歩行時に足が十分に上がりにくいことを体現させ円背の高齢者の歩行時のつまずきや転倒のリスクを理解する教材としても有益なモデルと考える。体幹回旋の制限は円背姿勢による脊柱の可動性が制限されるほかベルトによる固定の影響の複合要因が考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
教育場面で円背高齢者の特徴的な動作を学生の円背モデルが模擬することで代用し得る内容が明らかになり,学部教育の教材にも応用の可能性が示唆された。