[0107] 受動的暑熱負荷により脊髄損傷者の完全麻痺域に認められた熱放散反応の定量的知見
キーワード:脊髄損傷, 体温調節, 暑熱負荷
【はじめに,目的】
本邦では,毎年約5000人が脊髄損傷者(Spinal Cord Injury:SCI)となり,現在は10万人を超えている。日本人SCIアスリートの活躍や2020年の東京パラリンピック開催により,障害者スポーツがより広く認知され,本邦においてSCIの競技スポーツ人口も増加することが予測される。一方で,競技は暑熱環境下で行われることが多く,SCIでは交感神経障害のため発汗や皮膚血管拡張による熱放散が低下しており,高体温による熱中症患者の増加が危惧される。そのため,SCIに対する熱中症対策が重要であるが,体温調節を注意喚起する方法は健常者(Able Body:AB)に関する報告がほとんどである。SCIでは一般的に体を冷却させるなどの行動性体温調節の効果に関する報告が多く,麻痺域の局所的な発汗や皮膚血管拡張といった自律性体温調節の熱放散機能に関しては,定量的に評価された報告がほとんどなく不明な点が多い。
本研究の目的は,暑熱負荷時のSCIの局所的な熱放散反応を定量的に評価し,ABと比較検討し,明らかにすることである。
【方法】
対象はAB 8名,ASIA分類AのSCI 7名(損傷高位レベルTh4-L1)とした。測定項目は,食道温(Esophageal Temperature:Tes),皮膚温(Skin Temperature:Tsk),発汗量(Sweat Rate:SR),皮膚血流量(Skin Blood Flow:SBF)とし,それぞれ食道温センサー,皮膚温センサー,発汗計,レーザードップラー皮膚血流計で連続的に測定した。末梢の体温調節の指標である発汗量と皮膚血流量は,それぞれ健常域である胸部と麻痺域である下腹部で測定した。
実験プロトコールは,上下半身に33℃の水を循環させた水循環服を着用し,仰臥位で30分以上の安静後,水循環服の水温を上半身36℃,下半身50℃とし深部温である食道温が1℃上昇するまで暑熱負荷を行った。また,SCIでは測定中に褥瘡予防のため10分ごとに体を持ち上げ除圧を行った。測定終了後は,水循環服の上下半身に冷水を循環させ,深部温が安静時に戻るまで温度管理し,水循環服を脱いだ後には暑熱負荷による皮膚障害の有無も確認した。
統計処理は,暑熱負荷時における部位別(健常域,麻痺域)の群間比較をunpaired t-testで行った。なお,統計学的有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は和歌山県立医科大学倫理委員会の承認を得た上で,口頭および書面で被験者に実験の目的,方法および危険性を説明し,同意を得て実験を行った。
【結果】
食道温が1℃上昇した暑熱負荷時における健常域(胸部)のSR・SBF増加量および暑熱負荷による食道温上昇に対する増加度(傾き)に両群差は認められなかった。一方,麻痺域(下腹部)のSRの増加量は,それぞれAB 0.79±0.26 mg/cm2/min,SCI 0.14±0.14 mg/cm2/min(P<0.05)で,SBFの増加量はそれぞれAB 2.1±0.7 fold,SCI 1.5±0.8 fold(P<0.05)であった。SCIでは7名中,1名が発汗反応および皮膚血管拡張反応がほとんど認められなかった。この患者を除いて算出した食道温上昇に対するSRの増加度(傾き)は,AB 1.10±0.60 mg/cm2/min/°C,SCI 0.35±0.29 mg/cm2/min/°C(P<0.05)で,同じくSBFの増加度(傾き)はAB 46.7±22.9 au/°C,SCI 22.2±22.9 au/°C(P<0.05)であった。
【考察】
SCIの健常域において,ABとほぼ同等の熱放散反応が認められ,完全麻痺域では健常域より有意に低下していたが反応が認められた。脊髄損傷による脊髄節と交感神経節の機能障害レベルは必ずしも一致せず,局所的な熱放散反応を定量的に評価することで,健常域と完全麻痺域における詳細な違いが明らかになった。一般的に交感神経は,脊髄節から交感神経幹にある交感神経節に節前線維を出し,複数の脊髄節からの刺激を統合あるいは単独的に節後線維へと介し効果器を支配している。
今回,交感神経の評価はしていないため完全麻痺域における熱放散反応の機序は不明であるが,熱放散に関与する交感神経系も複数の交感神経節支配であることが推察される。そのため,健常域だけでなく完全麻痺域の残存している熱放散機能を鍛錬し暑熱順化させることが可能であれば,熱中症予防に有効な可能性が考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
熱放散反応の定量的な評価により,完全麻痺域では明らかに低下していたが機能していることが示された。SCIの熱放散機能解明の一助となり,熱中症対策に有用な知見となりうる。
本邦では,毎年約5000人が脊髄損傷者(Spinal Cord Injury:SCI)となり,現在は10万人を超えている。日本人SCIアスリートの活躍や2020年の東京パラリンピック開催により,障害者スポーツがより広く認知され,本邦においてSCIの競技スポーツ人口も増加することが予測される。一方で,競技は暑熱環境下で行われることが多く,SCIでは交感神経障害のため発汗や皮膚血管拡張による熱放散が低下しており,高体温による熱中症患者の増加が危惧される。そのため,SCIに対する熱中症対策が重要であるが,体温調節を注意喚起する方法は健常者(Able Body:AB)に関する報告がほとんどである。SCIでは一般的に体を冷却させるなどの行動性体温調節の効果に関する報告が多く,麻痺域の局所的な発汗や皮膚血管拡張といった自律性体温調節の熱放散機能に関しては,定量的に評価された報告がほとんどなく不明な点が多い。
本研究の目的は,暑熱負荷時のSCIの局所的な熱放散反応を定量的に評価し,ABと比較検討し,明らかにすることである。
【方法】
対象はAB 8名,ASIA分類AのSCI 7名(損傷高位レベルTh4-L1)とした。測定項目は,食道温(Esophageal Temperature:Tes),皮膚温(Skin Temperature:Tsk),発汗量(Sweat Rate:SR),皮膚血流量(Skin Blood Flow:SBF)とし,それぞれ食道温センサー,皮膚温センサー,発汗計,レーザードップラー皮膚血流計で連続的に測定した。末梢の体温調節の指標である発汗量と皮膚血流量は,それぞれ健常域である胸部と麻痺域である下腹部で測定した。
実験プロトコールは,上下半身に33℃の水を循環させた水循環服を着用し,仰臥位で30分以上の安静後,水循環服の水温を上半身36℃,下半身50℃とし深部温である食道温が1℃上昇するまで暑熱負荷を行った。また,SCIでは測定中に褥瘡予防のため10分ごとに体を持ち上げ除圧を行った。測定終了後は,水循環服の上下半身に冷水を循環させ,深部温が安静時に戻るまで温度管理し,水循環服を脱いだ後には暑熱負荷による皮膚障害の有無も確認した。
統計処理は,暑熱負荷時における部位別(健常域,麻痺域)の群間比較をunpaired t-testで行った。なお,統計学的有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は和歌山県立医科大学倫理委員会の承認を得た上で,口頭および書面で被験者に実験の目的,方法および危険性を説明し,同意を得て実験を行った。
【結果】
食道温が1℃上昇した暑熱負荷時における健常域(胸部)のSR・SBF増加量および暑熱負荷による食道温上昇に対する増加度(傾き)に両群差は認められなかった。一方,麻痺域(下腹部)のSRの増加量は,それぞれAB 0.79±0.26 mg/cm2/min,SCI 0.14±0.14 mg/cm2/min(P<0.05)で,SBFの増加量はそれぞれAB 2.1±0.7 fold,SCI 1.5±0.8 fold(P<0.05)であった。SCIでは7名中,1名が発汗反応および皮膚血管拡張反応がほとんど認められなかった。この患者を除いて算出した食道温上昇に対するSRの増加度(傾き)は,AB 1.10±0.60 mg/cm2/min/°C,SCI 0.35±0.29 mg/cm2/min/°C(P<0.05)で,同じくSBFの増加度(傾き)はAB 46.7±22.9 au/°C,SCI 22.2±22.9 au/°C(P<0.05)であった。
【考察】
SCIの健常域において,ABとほぼ同等の熱放散反応が認められ,完全麻痺域では健常域より有意に低下していたが反応が認められた。脊髄損傷による脊髄節と交感神経節の機能障害レベルは必ずしも一致せず,局所的な熱放散反応を定量的に評価することで,健常域と完全麻痺域における詳細な違いが明らかになった。一般的に交感神経は,脊髄節から交感神経幹にある交感神経節に節前線維を出し,複数の脊髄節からの刺激を統合あるいは単独的に節後線維へと介し効果器を支配している。
今回,交感神経の評価はしていないため完全麻痺域における熱放散反応の機序は不明であるが,熱放散に関与する交感神経系も複数の交感神経節支配であることが推察される。そのため,健常域だけでなく完全麻痺域の残存している熱放散機能を鍛錬し暑熱順化させることが可能であれば,熱中症予防に有効な可能性が考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
熱放散反応の定量的な評価により,完全麻痺域では明らかに低下していたが機能していることが示された。SCIの熱放散機能解明の一助となり,熱中症対策に有用な知見となりうる。